法人概要 of 日本オペラ振興会

設立 昭和56年3月27日(事業開始:同年4月1日)藤原歌劇団(昭和9年創設)と日本オペラ協会(昭和33年創設)の合併統合により民法第34条に基づく公益法人として設立。

主務官庁:文部科学省



事業目的 オペラを主体とする音楽芸術の普及向上を図り、もって我が国芸術文化の発展に寄与する。

事業内容 1.オペラ公演及び音楽会の開催

2.青少年に対する音楽普及

3.オペラ歌手およびスタッフの育成

4.オペラに関する講習会等の開催

5.オペラに関する研究調査及び研究会の開催

6.音楽に関する国際交流

7.会報及び音楽に関する出版物の刊行

8.その目的を達成するために必要な事業





オペラ公演事業部門 藤原歌劇団・・・・・・・西洋オペラ部門

日本オペラ協会・・・日本オペラ部門

沿革 財団法人日本オペラ振興会は藤原歌劇団と日本オペラ協会の合併により昭和56年から事業を開始し、「藤原歌劇団」及び「日本オペラ協会」の名称は法人組織内の公演事業部門として存続させている。藤原歌劇団は年間3~4本、日本オペラ協会は年間1~2本を主催公演として定期的に公演、今日に至っている。近年は、主催公演以外に、文化庁青少年芸術劇場公演、文化庁芸術祭公演、各地の公共事業団体との提携や協力、共催公演、またローマ歌劇場日本公演協力など多彩な活動を行っている。



団体受賞暦 昭和59年度(第35回)芸術選奨文部大臣賞・音楽部門:財団法人日本オペラ振興会

昭和61年度(第16回)モービル音楽賞・洋楽部門:藤原歌劇団

1985年第13回ジロー・オペラ賞特別賞:日本オペラ協会

2000年度第9回三菱信託音楽賞受賞(藤原歌劇団公演「マクベス」)

 藤原義江を中心とする日本の代表的な歌手たちとスタッフによって、1934年6月日比谷公会堂においてプッチーニの「ラ・ボエーム」が上演され、藤原歌劇団が誕生しました。以来、わが国の本格的オペラ団体として今日まで公演活動を継続し、日本初演を含む70作近くのオペラをこれまでに上演しており、特にイタリア・オペラを主軸とする公演路線は広く親しまれています。
 藤原義江は人気テノールとして主役で活躍するかたわら、初代総監督として38年間藤原歌劇団を統率し、日本のオペラ界の先駆者として偉大な功績を残しました。藤原義江とともに藤原歌劇団を創設し、第一回公演以来の協力者であった名バス・バリトン下八川圭祐が、1972年に藤原義江の委嘱により二代目総監督と団の運営を継承し、1978年から84年まで下八川共祐が制作を担当したのち、1985年より三代目総監督に藤原歌劇団で数多くの主役で活躍したテノールの第一人者五十嵐喜芳が就任しました。
 五十嵐喜芳を総監督に迎えた藤原歌劇団は、名作を中心にオペラの普及を目指し、歌手はもとより指揮、演出をはじめとするスタッフ等、適材適所で外来アーティストを起用した国際レヴェルの舞台、また、1986年からいち早く字幕を導入して新風を吹き込むなど、画期的成功を収めました。特に「運命の力」「アンドレア・シェニエ」「ノルマ」「ラ・ファヴォリータ」など我が国ではむずかしいとされてきた名作の高水準の公演は世評を高め、日本オペラ界の向上・発展に大きく寄与してきました。
 1997年の新国立劇場開場に伴い新国立劇場との共催公演を定期的に行い、98年は「ナブッコ」「セビリアの理髪師」、99年「蝶々夫人」、2000年「セビリアの理髪師」「ドン・キショット」「エウゲニ・オネーギン」、01年「ドン・カルロ」、02年「カルメン」、03年「ラ・ボエーム」を公演しています。
 1999年7月、五十嵐喜芳の新国立劇場オペラ芸術監督に就任以降は、下八川共祐(財団法人日本オペラ振興会常任理事)が再び制作の任にあたり、「ラ・トラヴィアータ~椿姫~」「蝶々夫人」などの名作路線も継続しながら、「イル・カンピエッロ」「カプレーティ家とモンテッキ家」「イタリアのトルコ人」など上演の稀な作品もプロデュースして好評を博し、2003年9月から、バス歌手として数多くの公演で活躍してきた岡山廣幸が公演監督に就任しました。
 1981年4月に日本オペラ協会との統合による財団法人日本オペラ振興会が発足し、「藤原歌劇団」は法人組織内の西洋オペラを担当する事業部門となり、その名称は歴史と伝統とともに継承されています。藤原歌劇団と日本オペラ協会の卓抜な上演効果により、財団法人日本オペラ振興会は昭和59年度芸術選奨文部大臣賞(音楽部門)を受賞し、また1986年には昭和61年度モービル音楽賞(洋楽部門)、2001年には2000年度公演分として2001年2月公演の「マクベス」に対して第9回三菱信託音楽賞が藤原歌劇団に贈られました。

総監督:大賀 寛
 日本オペラ協会は1958年に教育オペラ研究所として発足し、60年に日本オペラ研究会、70年には日本オペラ協会と改称して、81年の藤原歌劇団との統合にいたりました。以来「日本オペラ協会」は日本オペラ振興会の日本オペラを担当する事業部門として“日本の伝統文化に根ざしたオペラの創造と普及”のための活動を一段と充実させ、地方公演も積極的に行い、「藤原歌劇団」ともども日本のオペラ界の発展の一翼を担っています。1965年に現・日本オペラ協会の総監督の大賀寛が制作を担当して開始した“日本オペラシリーズ(当時・創作オペラシリーズ)”は、日本オペラの定期的公演という画期的な事業で、今日そのシリーズも70回に近づいております。劇場用レパートリーの充実は日本オペラにおける最大の課題ですが、日本オペラ協会ではこの長年にわたる公演活動のなかで、当会が新作を委嘱したものを含む初演、改訂を委嘱したものを含む再演などを通じて数々の成果をあげてきました。「春琴抄」「修善寺物語」「天守物語」などは日本オペラのスタンダードなレパートリーとして定着し、日本初演となった「あだ」、「祝い歌が流れる夜に」、「舌を噛み切った女」(後に「すて姫」と改題して再演)、「袈裟と盛遠」、「よさこい節」、「黒船」、「額田女王」なども高い評価を得ました。1988年10月には、文化庁派遣としてポーランド“ワルシャワの秋”音楽祭に「袈裟と盛遠」で参加し、初の海外公演で成功を収めています。また、1984年第39回文化庁芸術祭主催「祝い歌が流れる夜に」(原嘉壽子作曲・初演)、1995年<第50回記念>文化庁芸術祭主催「モモ」(一柳慧作曲・初演)の制作を日本オペラ協会が担当し、「祝い歌が流れる夜に」の制作に対して日本オペラ協会は1985年第13回ジロー・オペラ賞特別賞を受賞しています。日本オペラ協会は1998年に創立40周年を迎え、その記念公演として98年7月に「春琴抄」を公演。1999年7月には田中均作曲の新作「修禅寺物語」を公演しました。藤原歌劇団と日本オペラ協会は卓抜な上演成果により、財団法人日本オペラ振興会は昭和59年度芸術選奨文部大臣賞(音楽部門)を受賞。