アーティスト インタビュー

伊藤 晴

憧れのヒロイン、ヴィオレッタに臨む。伊藤晴氏が語る想い。

Vol.25

藤原歌劇団の『ラ・トラヴィアータ』に、自分が主役・ヴィオレッタとして出演する。それは、最初は自分ごとと思えなかったほど大きなこと。モデルとなった実在の「マリー・デュプレシ」に想いを馳せ、絶望のなかでも必死に生きようとした女性としての強さを表現したい。2013年、マリエッラ・デヴィーア氏のアンダースタディとして参加した前回の同演目での経験や、毎年恒例の『わたしの青い鳥』で得る人との心の触れ合いが、成長の糧になっていると思う。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第25弾は、2019年1月26日に藤原歌劇団本公演『ラ・トラヴィアータ』に出演する伊藤晴氏。藤原歌劇団としては初役となるヴィオレッタへの想いや、過去のプロダクションで得たもの、また毎年合唱指導とソロ歌唱で参加している、北九州市での公演『合唱物語 わたしの青い鳥』についてお話を伺いました。

夢のまた夢、『ラ・トラヴィアータ』ヴィオレッタを演じるということ。

ー今日は、来年2019年1月に伊藤さんが出演される『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』についてお話をうかがいたいと思います。藤原歌劇団の『ラ・トラヴィアータ』で、初めて主役のヴィオレッタとしてご出演とのことですが、今のお気持ちをうかがえますか?

私は藤原歌劇団のオペラ歌手育成部を修了しているのですが、育成部の研究生だった頃は毎年、新年に『ラ・トラヴィアータ』を上演しており、私も毎年観に行っていて、「これぞ藤原歌劇団の演目」というイメージがあります。合唱部の方たちにうかがっても、やはり特別な演目だとおっしゃいますし、国内外のスターの方たちが歌われているところをたくさん拝見してきたので、その舞台に自分が主役として乗るということが信じられないという気持ちです。

ーそうなのですね。ヴィオレッタといえば、多くのソプラノにとって憧れの役であると思います。伊藤さんも、「いつか歌ってみたい」と思われていましたか?

もちろん思っていました!歌を始めたばかりの頃からカラス、デバルディ、スコットなど名歌手のヴィオレッタを聴いて憧れていましたし、舞台でも映像でも一番観ている演目なので…でも夢のまた夢、という思いもありました。

ーなるほど。ヴィオレッタ役のお話があったのはいつ頃ですか?

去年の秋頃だったと思います。朝起きて、携帯電話をパッと見たらメールが届いていて。でも、その瞬間は不思議なことに、自分ごとに思えなかったのです。けれど2、3日経つごとに、どんどん「これはとんでもないことだ!」と思えてきて。その頃、ちょうど他にも大きなお話が重なったときで、その1週間はよく眠れませんでした(笑)。

ー日ごとに実感が増してきたのですね。今、伊藤さんのなかでどのようなヴィオレッタ像を思い描いていらっしゃいますか?

もちろん、演出の粟國淳さんともこれからいろいろと打合せになると思いますが、今の私自身は、やはりまず、ヴィオレッタが実在の人物だったということが思い起こされます。オペラの元となった原作では「マルグリット・ゴーティエ」という名で、そのモデルとなったのは「マリー・デュプレシ」という女性ですが、彼女はとても不幸な家庭で育ったのですね。父親に暴力をふるわれ、母親は逃げ出してしまい、その父に無理やり老人のもとへ奉公に出されたり、下働きもたくさんしたのですが、でも当時の女性というのはそういう風に生きることが稀ではないというか。自分で「こういう風に生きたい」と思うように生きられたことって、なかなか無いと思うのです。だからマリー・デュプレシも、庶民として生まれたからには、高級娼婦としてのし上がることしか、パリで生きる方法がなかったのではないかなと。そのなかで、自分も重い病気にかかって、死ぬことも感じていたと思います。パリの社交界に出てからも、元々才覚もあり美しい人でありながらもすごく努力をしたのだと思いますが、それでも貴族ではないというところで、人としての尊厳が傷つけられる場面にたくさん直面したでしょうし、華やかな世界に身を置きながらも絶望をいつも抱えていたと思うんです。その絶望に立ち向かい、最後の愛に生きた彼女の強さを、私も表現できたらいいなと思います。

ーいろいろとリサーチもされていて、素晴らしいです。伊藤さんはパリへ留学されていらっしゃいましたが、マリー・デュプレシのお墓参りへも行かれましたか?

はい。たまたま、彼女の墓所のあるモンマルトル墓地の近くに住んでいたこともあり、行きました。フランス留学中、一度パリのとあるオーケストラで、「今度『ラ・トラヴィアータ』をやるのだけど、ゲネプロにヴィオレッタ役の人がいないから歌いに来てほしい」と言われたり、ヨーロッパの小さなプロダクションでヴィオレッタ役を一本通して歌ったことはあって。そのときは、数回稽古をやったらすぐ本番という感じだったので、あまり中身を突き詰めてできたという感じはなかったのですが、本番直前に「そうだ、お墓参りに行こう」と思い立って。そうしたら、第三幕のヴィオレッタのアリア「さようなら、過ぎ去った日よ」の歌詞に出てくるように、お花もなく、冬の小雨の降る日だったこともあり、とても寂しい印象を受けました。

モンマルトルのマリー・デュプレシ墓所にて

ーまさに、アリアの歌詞を肌身で感じたのですね。それは貴重な体験だったと思います。

心強い共演者。得るものの多かった過去のプロダクション。

ー伊藤さんは、この『ラ・トラヴィアータ』という作品でどこが見どころだと思われますか?

この作品は、本当に見どころだらけなんですけど、先ほどお話したようなヴィオレッタの女性としての強さが見せられるかなという部分は、第三幕の死を目前にした場面だと思います。特にアルフレードとの二重唱の後半部分、「神よ!このような若さで死ぬなんて…」という部分のハ長調には、ヴィオレッタの力強さがストレートに出ているように思われます。私も、そこを見せ場にできたらと思います。

2013年ルーマニア国立歌劇場「La Traviata」ヴィオレッタ役 ©Adrian Mergiani

ー共演者の方々とは、もう何度もご一緒されているのでしょうか?

相手のアルフレード役の澤﨑一了さんは、演奏会で何度かご一緒しましたがオペラでは今回が初めてです。今回、1月26日の回が一番フレッシュなメンバーだと思うので、ジェルモン役で出演される折江忠道総監督に、本当のお父さんのように見守っていただきながらチャレンジしていくことになると思います(笑)。

ーアルフレードとは、まさに先ほどおっしゃっていた第三幕の見せ場も一緒につくりあげることになると思いますので、コンサートでご一緒したことのある澤﨑さん、心強いですね。そして折江総監督と共演されることについては、いかがですか?

折江さんとは、私が藤原歌劇団にデビューした『ラ・ボエーム』の公演でご一緒しました。そのとき私はムゼッタで、折江先生はベノアの役で関わるシーンはなかったのですが、ヴィオレッタとジェルモンは真っ向から向かい合って対峙する役ですので、胸をお借りしてぶつかっていこうという気持ちでいます。

ーおふたりには、第二幕に長い見せ場の重唱シーンもありますね。演出の粟國淳さんとは、初めてのお仕事ですか?

粟國さんは、私のオペラ歌手育成部の修了公演『修道女アンジェリカ』で演出をされていて、そのとき以来なのです。本当に十数年ぶりで、まさか再びご一緒するのがこの『ラ・トラヴィアータ』だとは思いませんでした。修了公演では、私はアンジェリカ役をやらせていただいたのですが、そのときも「え、修了公演の演出を、あの粟國さんが!?」とクラス中が沸き立って。まるでイタリア人のような方なので、みんな刺激を受け、そのエッセンスを吸収していたように思います。先生方にも、「粟國さんの動きとか、顔の表情とかをまず真似して勉強しなさい」と言われましたし、人間的にもとても魅力のある方なので、クラス内でもみんなで「卒業したら粟國さんとご一緒できるように頑張ろうね!」と話していました。実際は、その後なかなか機会もなかったのですが、こうして大きな舞台でご一緒できることになって、心から楽しみにしています!

ーそして、先ほどのお話ではフランス留学中にも『ラ・トラヴィアータ』に出演されたとお話されていましたね。そのときはすぐ本番を迎えてしまわれたようですが、今回は藤原歌劇団のプロダクションとして、しっかり取り組めそうですね。

はい、そう思います。実は、2013年の藤原歌劇団本公演の『ラ・トラヴィアータ』で、私はアンダースタディで入っていて、そのときヴィオレッタ役がマリエッラ・デヴィーアさんだったのです。これまで何度もいろいろなヴィオレッタ役を聴いていますが、あんなにものすごい、聴いたこともないほど長いフレージングを身近に感じたのは初めてで、毎回稽古が仰天の連続で。なおかつ、デヴィーアさんはベルカント唱法の名手と言われていますが間近で見ると、その動きがまたとても音楽的なのです。ヴィオレッタそのものが動いているという感じがして、その演技力にも本当に脱帽でした。そんなデヴィーアさんなのに、舞台稽古をすごく入念にされていて、劇場に入ってもご自身は早めに舞台に上がって動きなどを確認されていて、そういう姿勢にもすごく刺激を受けましたし、勉強になりました。

ーそれは印象的な経験でしたでしょうね。

そうですね。亡くなった岡山廣幸元総監督が「足の裏から息を吸っているみたいだろう」とおっしゃっていたような、デヴィーアさんの凄まじいテクニックを間近で目の当たりにしたこともあり、「藤原歌劇団でヴィオレッタを演じるということは、まだまだすごく勉強することがあるな」と感じました。それともうひとつ、そのときの演出が岩田達宗さんだったのですが、私はすごく叱咤激励を受けまして。普通でしたら、舞台に出るわけではないアンダースタディにそこまで熱心に指導してくださるなんて有難いことなのですが、当時は毎回泣きたいような気持ちでした(笑)。特に覚えているのが、「君はヴィオレッタをレパートリーにしなきゃいけないんだから、扇子の持ち方や立ち方なんかも自分で調べてこなきゃダメだろう」と怒られたことです。合唱部のみなさんがいらっしゃるときでも、結構厳しいお言葉をいただいたりしたので、精神的にもかなりタフじゃないといけないんだなということも学びましたし(笑)。でもそんな風にして、藤原歌劇団の稽古場でヴィオレッタの役を実践させてもらえたということは、すごく勉強になりました。

ーそのときに得たものは大きいでしょうね。

すごく大きかったです。あのときの経験が、今回の糧になればいいなと思っています。

新しい経験や、人と人の心の触れ合いが、自分を成長させてくれた。

ー『ラ・トラヴィアータ』という大きな舞台へ向けて、少しずつご準備も進められているかと思いますが、そのかたわら合唱指導などの活動もされていらっしゃいますね。今年7月1日に福岡県の北九州芸術劇場で上演された『合唱物語 わたしの青い鳥』という作品は、毎年携わっていらっしゃるとお聞きしました。

そうなんです。この作品に関わって、今年でもう4年目になります。毎年同じぐらいの時期に、毎週北九州市へ行ってみなさんと舞台をつくっています。元々は藤原歌劇団のソプラノ大森智子さんが11年間指導されていたものを、私が引き継いで、合唱指導と「光の精」という役でソプラノ・ソロを務めているのですが、そこで得たものもすごく大きくて。自分が、ワークショップを何時間も担当して指導するっていうことがまず新鮮で、最初はできるのかどうか事務所の方々にもすごく心配されたぐらいです(笑)。物語は、メーテルリンクの『青い鳥』が原作の、劇場のために書かれた作品で、毎年「自分たちそれぞれの幸せを探しに行く旅に出よう」というテーマがあり、客席にも「あなたにとって、ふと感じる幸せはなんですか?」とインタビューをしたりもして、いつも会場全体が一体となります。コーラスの方々も、毎年北九州市民の方を募集して、小さなお子さまからお年を召した方まで、本当に幅広い年代の方が参加されるんです。そうすると、純粋に「人生を輝かせたい!」という思いで参加されている方も多く、いつものオペラの現場とはまた違う、人と人との心の触れ合いを感じられる気がします。「私にとっての小さな幸せってなんだろう?」と、考えるきっかけにもなりますし、人間的にもとても成長させていただけている気がするのです。

合唱物語「わたしの青い鳥2017」企画・製作:北九州芸術劇場

ーなるほど。この活動に参加することで、伊藤さんご自身も成長を感じることができるのですね。

そうですね。また、この公演に伴って、アウトリーチ公演(劇場ではなく地域の学校や福祉施設などで行う公演)を上演するのですが、それも私にとって初めての経験で。普段、オペラやコンサートに触れる機会がなかなか取れない方々に、その魅力を伝えるということを経験して、今活かされていると思う部分はあります。

ーそうなのですか。アウトリーチ公演で、実際音楽に触れた、皆様の反応はどうですか?

「普段こういう音楽はなかなか聴かないけれど、とてもいいですね」と言って、涙を流される方もいらっしゃいます。感想がその場ですぐ聞けるということが、すごくありがたいですね。音楽をやっている意義というものを、直接感じられる経験だと思います。

ー得るものの多いご経験なのですね。ところで、そのようにお忙しい活動のなか、オフタイムはどのように過ごされているのですか?

結構地方へ行ったりすると、自分で調べてひとりでいろいろなところへ足を延ばすのが好きなんです。おいしいお店とか、観光名所とか。

ーすごく行動的ですね!お仕事の合間をぬってお休みされることが多いのですか?

いえいえ、休むときはしっかり休みます。けれどそうですね、たとえば「今日はすごく歌ったなー!」「よく動いたなー!」と思う日は、ひとつ小さなごほうびを自分に与えるということは大事にします。フレッシュジュースを飲むとか、有名なケーキ屋さんのケーキを食べるとか、化粧品を買うとか、豪華な駅弁を選ぶとか(笑)。そうすると、リセットされて元気が出ます。

ーまさに、ふとした小さな幸せに通ずるところがありますね。

はい、そうかもしれませんね。いつも、ちょっと幸せな自分でいられるようにしたいなと思っています。

聞いてみタイム♪ アーティストからアーティストへの質問リレー
村上敏明さんから伊藤晴さんへ

ー伊藤さんにとって、歌手人生を変えた運命の人は誰ですか?

えー!運命の人!でも確かに、毎回自分のターニングポイントには、そう呼べる方が現れるかもしれません。本当にたくさんの人との出会いで生かされているなぁと思いますが、敢えて挙げるとすれば…。私は歌を本格的にやろうと思ったのがすごく遅くて、大学時代も音大ではなかったですし、日本オペラ振興会の育成部に入ったあと、いつも何かしら“限界”っていうものを感じるのですよね。なにか課題点を克服したいと思うのだけど、「もう、どうしたらいいのか分からない!」という状態になってしまい。そういうとき、道を示してくださる方が現れるのです。まず現れたのが、ある指揮者の方なんですね。知り合いのピアニストの方が、「あなたは音楽的な部分ができていないから、そういうことをちゃんと教えてもらえる人のところへ勉強しに行ったほうがいいよ」と言ってくださり、その指揮者の方のところへ連れて行ってくださったんです。そこで、恥ずかしながら楽譜の読み方というのを改めて、というより初めて、というぐらいにちゃんと知って。「あ、楽譜ってこんなに立体的に読めるんだ!」ということをそのとき発見して、どんどんイメージも膨らんでくるし、それは自分にとって衝撃でした。そこからどんどん歌うこととか、オペラをやることがすごく楽しくなっていったのです。そうしたら今度は、自分の表現したいことに技術が追いつかないと感じて悩み始めて。それでまた、どうしたらいいか分からない、と思っていたら、フランスの先生に出会って。そこで徹底的に、発声のことも磨きをかけるべく、激しいレッスンをしていただいたんですね。音楽的なこと、発声のこと、どちらも悩んだとき、導いてくださる方と出会えたと思います。

2014年藤原歌劇団公演「ラ・ボエーム」ムゼッタ役

ー素晴らしいことですね。お話、ありがとうございました!

取材・まとめ 眞木 茜

伊藤 晴

ソプラノ/Soprano

藤原歌劇団 正団員 日本オペラ協会 正会員

出身:三重県

三重県出身。三重大学卒業、武蔵野音楽大学大学院修了。ミラノ、パリで研鑽を積み、2013年パリ地方音楽院修了。第9回藤沢オペラコンクール第2位。
沼尻竜典&トウキョウ・モーツァルトプレーヤーズ「フィガロの結婚」スザンナ、みなとみらいホールオペラシリーズのプーランク「声」、Hi’s Opera Company「みすゞ」(世界初演)金子みすゞ、丹波明「白峯」(世界初演)待賢門院を始め多くのオペラに出演する他、コンヴィチュニーオペラ演出アカデミーinびわ湖「ラ・ボエーム」にムゼッタで参加。藤原歌劇団には14年「ラ・ボエーム」のムゼッタでデビューを果たし、17年「カルメン」ミカエラで好評を博す。日本オペラ協会には16年「天守物語」の亀姫でデビューし、18年2月には「夕鶴」のつうで相応しい声と表現で魅了した。来年1月には藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」ヴィオレッタ役に出演が決まっており、今最も活躍が注目されているソプラノ。
その他、15年山形交響楽団「ヘンゼルとグレーテル」グレーテル、小澤征爾音楽塾オペラプロジェクトXIII子どものためのオペラ「子供と魔法」安楽椅子/こうもり、16年藤沢市民オペラ「セミラーミデ」(演奏会形式)アゼーマ、18年バッティストーニ指揮/東京フィルハーモニー交響楽団「カルミナ・ブラーナ」や、「第九」「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」等各種コンサートでも活躍している。名古屋音楽大学講師。藤原歌劇団団員。日本オペラ協会会員。

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