アーティスト インタビュー

村松 恒矢

言葉を大切に、日本の良さをもっと世界へ。村松恒矢氏の想いとは。

Vol.52

作家・倉本聰氏の名作を原作とする新作の日本オペラとして初演される「ニングル」。人間の感情や言葉の真意など、目に見えないものを伝える音楽の力で、作品に込められた鋭く深いメッセージをお客様へ届けたい。そのためには指揮者や演出家、共演者との綿密なディスカッション、何より日本語の明確な発語を大切にしていきたい。イタリア留学を機に、日本ならではの良さをもっと世界へ伝えたいと思った。教師としての仕事や、子どもの誕生から、未来へつなげたいとの想いを強くした。隅々までの表現を突き詰めながら、歌い手として成長したい。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第52弾は、2024年2月10日(土)・11日(日・祝)・12日(月・振)に上演される、日本オペラ協会本公演「ニングル」にて、主演を務める村松恒矢氏。作品や役への思い、舞台作りへの臨み方、また日本オペラについての思いや、ライフステージの変化から得られたものについても伺いました。

見えないものを伝える媒体・音楽だからこそ、届けられる「ニングル」がある。

−今回は、2024年2月11日(日・)に、日本オペラ協会本公演「ニングル」の主人公・勇太(ユタ)役で出演されるバリトンの村松恒矢さんです。まずはさっそく、作品への意気込みを伺いたいのですが、いかがでしょうか?

はい、この作品は、元々作家・倉本聰さんの原作があって、演劇作品としても世界的に高い評価を得ているものです。それが、オペラになったらどうなるのか?をお客様にお届けできるのが楽しみです。この作品には、倉本さんが北海道の 富良野市で立ち上げた「富良野塾」という演劇塾で伝えたいと思っていたようなメッセージが、たくさん込められていると思うのですが、音楽を通してそれらを表現していきたいです。

「ニングル」というのは、アイヌの言葉で『小さい人』という意味。富良野市には、実際に物語に描かれているような「ニングルの森」があり、そこに倉本さんが著した言葉が飾ってあるのですが、僕にはそれが強く印象に残っています。「文明に麻痺していませんか?」や「石油と水はどっちが大事ですか?」といった、どきっとするような鋭い問いかけが多くて。これは倉本さんご自身も語っていらしたことですが、例えば今、東京と札幌は飛行機で1〜2時間、富良野までと考えると3時間ぐらいかかる。でも、将来20〜30分で行ける時代が来るかもしれない。するとその時代の人は「え、昔の人は3時間もかかっていたのですか?大変でしたね」と言うと思うのです。現代の僕たちも、新幹線なんてものがなかった時代のことを「時間がかかったんだろうね」と評するみたいに。また別の言葉で、「自然と文明と人間は互いに寄り添って生きるものだけれど、人間が大きくなりすぎてしまった」というものもありました。

実際、オペラの歌詞の中にもハッとするようなフレーズが多くあり、盲目的に進化ばかり追い求めることの怖さを気付かせてくれます。

―深いメッセージ性を持った本作、オペラならではの意義は感じていらっしゃいますか?

僕は、普段高校の非常勤講師として音楽を教えているのですが、子どもたちには「学校で教わるドレミファソだけではなく、音楽は日常の中にもあるんだよ」と言っています。例えば、人は怒ると声が大きくなるけど、電車の中では自然と小さな声になるとか。お母さんが電話に出る時、普段より少し声が高くなるとか。これは、ある意味みんな“音楽”なのですよね。つまり、音楽はその時々の人の感情、状況など目に見えないものを伝える媒体だと僕は捉えています。

「ニングル」に込められたメッセージも、音楽だからこそ伝えられる部分が多くあるのではないでしょうか。脚本家や作曲家がある言葉の奥に込めた、真の意味を表現するのに、とても向いているといえます。今回の作品でも、いわゆる「サブテキスト」と呼ばれる部分も多く伝わるように演じられればいいですね。

―なるほど。特にメッセージの中でも「自然」に対する内容が多くを占めていると思いますが、本公演への出演で、ご自身の自然との向き合い方は何か変わりましたか?

実は、僕は一時期北海道で育っているのです。富良野ではなく、札幌の周辺ですけれど。ですので、作品に描かれた北海道の自然、森の描写などには親近感を覚えます。都会に住んでいるとすごく便利ですし、夜も明るくて安心な面もありますが、たまに疲れた時などに自然に触れるとホッとしますね。

一方で、昔は北海道の夏はエアコンが要らないなどと言われていましたが、近年では普通に暑くて冷房が必要不可欠です。そう思うと、その慣れ親しんだ自然環境が少しずつ変化していて、今まさに向き合わなければいけないのかな、と感じますね。

―まさに、改めて考えるとハッとする変化ですね。今だからこそ必要なメッセージが詰まった作品といえますね。主人公の勇太については、どのような人物像を思い描いていらっしゃいますか?

勇太は社会的な立場を気にしたり、周りと同調したいという気持ちが強かったり、物語の中では一番「人間」を象徴する存在ではないかなと。開発プロジェクトの中心メンバーなのですが、欲や見栄、プライドもありますし、その場の都合によって見たものを「見ていない」と言ってしまうこともあります。同じメンバーの「才三(さいぞう)」は、言われたことを素直に受け止め、すぐに本質を見抜き、状況によっては引き返す勇気を持っています。テノールの役だし、聴かせどころのアリアもあるので、もしかすると一見勇太よりも主役っぽいかもしれません。それでも勇太が主役なところに、作品としての意味があるのだと思います。人として共感できる部分は実は勇太の方が多いですし、物語の中で一番成長するのはたぶん勇太なのです。結婚したてで、妊娠している妻「かや」がいるのですが、最後に象徴的な形でふたりの子どもが生まれます。

―聞くからにドラマティックですね!物語がとても気になります。

綿密なディスカッションから、いい舞台は出来上がる。

―共演者の皆さんとは、もう何度もご一緒されていますか?

はい、ご一緒した方が多いです。特に、同じ役のダブルキャストの須藤慎吾さんは国立音楽大学の大先輩でして、僕が大学院1年生の時には助演としてオペラ実習に来てくださいました。公演後に一緒に飲みに行ってくださったりもして、すごく怖くもあり、同時に憧れでもあり、何歩も先を行く目標となる方でもあります。

しかも、実はその実習でも「ドン・ジョヴァンニ」役のダブルキャストだったのです。なので、時を経て今回また同じ役をやらせていただけることは、身が引き締まる思いですね。

かや役の長島由佳さんや、ニングルの長の山田大智さん、妹・ミクリ役の相樂和子さんは、僕がイタリア留学から帰ってきて初めて出演した日本オペラ協会公演「魅惑の美女はデスゴッデス」でご一緒していて、お互いにかなり綿密にディスカッションしながら作り上げた仲間という意識が強いです。昨年2月の日本オペラ協会公演「源氏物語」でも、組は違いましたが一緒でしたし。オペラって個々の能力も大切だけど、作品全体でお客様に意図を伝えていくものでもあるので、お互いに話し合える共演者というのは、非常に心強いですね。

―それは心強いですね!

だんだん、演奏していくうちに、言わなくなってしまうのですよね。それぞれこれまで重ねてきた経験やキャリアもあるので、演奏にしても演技にしても「こんなこと言ったら失礼かな?」と。でも、そこで勇気を出して言い合った方が結果的にお互いにとってもいいし、舞台としてもいいものが出来上がると僕は思います。さすがに須藤さんのように大先輩だったりすると気が引ける部分もあるのですが、できるだけお話しするようにしますし、演出家の岩田達宗さんなどともよくディスカッションします。

岩田達宗さんとも積極的にコミュニケーションを取られるのですね!指揮者の田中祐子氏と共に、もう少しエピソードをお聞きしてもよろしいですか?

はい。僕がイタリアから帰ってきたのが2021年の春なのですが、その後すぐに日本オペラ本公演「魅惑の美女はデスゴッデス」でご一緒したのが岩田さんでした。僕は「アレクサンダー・テクニーク」というイギリスの演劇手法を勉強したことがあるのですが、その手法から学んだことと、岩田さんの考えているビジョンはとても似ている気がします。岩田さんが「ここをこうしたい」とおっしゃることを、「こういう意図かな」と捉えるとバッチリ合う事があるのです。そんなこともあって、岩田さんの演出だったらぜひ出たい、といつも感じています。

田中祐子マエストラは、基本的にほぼ全ての立ち稽古に来てくださいます。それは僕たちにとって大変に有難いことで、田中さんから提案を頂くこともあれば、僕たちからご要望を伝えることもあって。稽古を進めていくうちに状況はどんどん変わるのですが、それこそ綿密にディスカッションをしながら一緒に作るということをしてくださいます。

―なるほど、皆さんが一体となって作っていける舞台なのですね。作品の観どころ・聴きどころはどんなところでしょうか?

作曲家である渡辺俊幸先生の音楽は、まさにこの作品の大きな魅力だと思います。若い頃にカナダのトロントでクラシック音楽を勉強され、さだまさしさんの楽曲なども手掛けられている方で、とてもメロディックでわかりやすいところもあれば、複雑なハーモニーもあり、親しみやすくも深みがあります。これは個人的になのですが、先ほどの須藤慎吾さんが日本オペラを歌われる姿というのを初めて拝見する気がします。僕とは違う組ですが、貴重な機会なのではないでしょうか。あとは、日本オペラが今とにかく凄いのです。もちろん今に始まったことではないですが、日本オペラ協会総監督の郡愛子先生は“言葉を伝える”ということを常にモットーとされていて、僕たちもそれを実践してきたつもりでいます。それがだんだんとお客様に伝わって、良さというものが広まってきた気がしているのです。

―今勢いのある日本オペラ、という点でも必見ですね。

何より、倉本聰さんの名作「ニングル」がオペラとして観られることが観どころなのですけれどね。

―それは、間違いありませんね!

世界に伝えたい、日本の良さ。
未来につなげたい、想い。

―村松さんは、日本オペラ協会公演へのご出演が続いていますが、日本オペラを歌うことに対しての想いはお持ちですか?

僕は、高校時代に合唱から歌うことを始めたので、日本の合唱曲にも多く触れましたし、大好きで。いつか日本語を歌いたいという思いはありました。でも、強く意識したのはイタリア留学中だったかもしれません。文化庁から奨学金をもらって行ったのですが、その制度だと1年間しかいられない。だから、限られた時間でとにかくコミュニケーション力を向上させたくて、間違いを気にせずどんどんイタリア語をしゃべるようにしたのです。その中で、全てを理解できたわけではないと思いますが、ちょっとしたしぐさや立ち振る舞いに、「日本人ならでは」があると実感しました。そして、日本ならではの良い部分を、もっと世界に伝えていきたくなり、より一層日本作品を歌いたいと感じたのです。

日本語って、基本的にはあんまりオペラに向いていない言語だと思うのです。イタリア語は、日常会話でも歌うようなポジションで喋りますが、日本ではどちらかというと静けさが美とされる傾向があるので、オペラに求められるような「前に出る声」が出しづらいことがある。でも、以前ソプラノ歌手のディアナ・ダムラウ氏や、バリトンのレナート・ブルゾン氏が日本の歌を歌うのを聞いた事があるのですが、これがすごく良かった。日本の歌として、ちゃんと届くものがあったのです。それを聞いたとき、「言葉を知っているからうまく歌えるとは限らない」「でも、やっぱり言葉を知っているからこその強みもあるはずだ」と両方のことを感じました。本来歌には難しいはずの日本語で、海外のアーティストでもここまでできるのだとしたら、僕たちがもっときちんと伝えていくにはどうしたらいだろう、もっとやれることがあるはずだと考えるようになったのです。もちろん、大先輩達がすでにずっと研究されている道だとは思いますが、僕もそこを探求していきたい。そして将来的には、日本語のオペラの海外公演などももっと盛り上げていきたいですし、日本の良さは海外に通用するとも信じています。

―日本オペラにそういう未来が見られたら、同じ日本人として嬉しいです。

話は変わりますが、最初の方にも少し触れていただいた、学校で教えるというお仕事を通して、何か新しい発見があったとお聞きしています。

はい、そうなのです。昨年から始めたお仕事ですが、自分が考えていることや伝えたいことは、相手の状況によっては必ずしも伝わるものではないことを日々学んでいます。同じ話でも、ある子はすごく集中して聞いてくれているし、ある子には響かない。これって、実はオペラの舞台でも同じで。子ども達と同じように、その時々で様々なお客様が聴いてくださいます。歌うときの自分の表現は、本当に合っているのか?作品の一部として、どうしたらもっと良さを引き出せのか?誰に向かってどう伝えるのかということを、より考えるようになりました。「教えることで教えられる」とよくいわれますが、本当に初めて知った面白さであり、新しい気付きでもあります。オペラの舞台での出来事がもっと縮小されて、目の前でリアクションが返ってくる感覚で、毎日舞台の練習をしているみたいですね(笑)。

―全然違う職業に思えますが、実はつながっているのですね!

はい、ほとんど同じだと感じています。だから授業でも、ちょっと言葉に間を空けてみたり、みんなが静かな時はこちらも静かな声で話してみたりと、オペラのようなことを実践しています(笑)。

―オペラの経験で得たことを教育の場で実践し、そしてまたオペラの場に活かすというサイクルができているのですね!もうひとつ、最近お子さまが生まれ、そのことでこれまでと違う感情が生まれたとお聞きしました。そのお話も少し伺えますか?

はい、そうなのです。子どもの誕生から、新しく感じたことはたくさんあります!特に、本公演の勇太に通じるものが多いですね。勇太は自分に勇気がなく、親友も追い込むような形で亡くしてしまい、生まれてくる子どもにも何も残してやるものがないと嘆くのですが、本当は僕自身はあまり感情移入しすぎず、目にしたお客様それぞれに感じてほしいと思っているのです。けれど自分が親になってみたら、もう稽古の時から感情を抑えるのが大変で、今思い出しただけでもちょっと泣きそうなぐらいです。守る存在ができたというのは、ここ最近の中でも大きな出来事ですね。

―この作品に携わるタイミングで、シンクロですね!

本当ですね。作品のテーマじゃないですけど、「未来へつなげ」と。これからの人生の中で、自分がどれだけ残してあげられるものがあるだろう、と感じるようになりました。

―今の村松さんだからこそ、きっと観る側にも伝わるものがあると思います。拝見するのが、ますます楽しみになりました。最後に、これからのビジョンなどがありましたらお聞かせ頂けますでしょうか?

はい。やはり、今一番大切にしていきたいことは、先ほどと重複しますが言葉を大切に伝えることですね。日本語はもちろん、イタリア語やドイツ語でも、きちんと息に乗せて明確に伝えられるように、これからもこだわっていきたい。そしてもう一つ。これもやはり最初と重なりますが、音楽が持っている“目に見えないもの”を表現する力を信じて、届ける相手それぞれに寄り添うような歌を歌っていきたいですね。僕は、結構お芝居も大切にしたいと思っていて、歌以外に演劇も学んでいます。例えば人間が実際に楽しい時、悲しい時、警戒している時、無意識にしている仕草があって、実際にそれを表現する演技的、あるいは身体的なテクニックもあります。もちろん音楽が大切なのは大前提ですけれど、体の表現、そして明確な発語を伴うことで伝わるものが増すのではないでしょうか。ぜひ、隅々まで観て楽しんでいただけるような歌い手になっていきたいですね。

―興味深いお話を、ありがとうございました。

聞いてみタイム♪ アーティスト・村松恒矢さんに、ちょっと聞いてみたいこと。

—さて、「聞いてみタイム♪」のコーナーです。事前にいくつかご用意した中から、サイコロの目で出た質問にお答えいただきたいと思います。村松さん、お願いします。

6.ボーナス:何でも宣伝OK!コンサートや食べ物、おすすめのグッズも。

悩ましいですね!何でもいいのですか?だったら、ひとつおいしいお店のご紹介を。これは、僕の妻が昔アルバイトをしていた時の先輩が、外苑前に出しているお店なのですが。「モツ酒場 kogane」っていうのですが、何を頼んでもめちゃくちゃおいしいのです。子どもが生まれる前は、よく行っていましたね!瀬戸内レモンを使った甘くないレモンサワーや、レバーパテを挟んだサンド、もちろんモツ煮や酢モツもおいしいですし、締めのちゃんぽん麺もたまりません。

あとは、有名なお店ですが、新宿の「つけ麺 五ノ神製作所」というお店の海老トマトつけ麺!これもおいしくて、大好きなのです。ジェノベーゼソースが付いてきて、ちょっとイタリアンな味変もできます。一度イタリア人の友人が日本へ来たときに連れていったら、めちゃくちゃ喜んでいましたよ。

最後にもうひとつ、これは北海道の名物ですが、東京などでも春になると出回る「タラの芽」の、もっと小さい「タランボの芽」というのがありまして。山の中の高い木に生えているのを採るのですが、これが甘みがあっておいしいのです。天ぷらにして食べるのがおすすめですよ!

―さすが、住まわれた地ですね!おいしいお店や食べ物を、たくさんご存知なのですね!

僕も妻も、食べることが大好きなのです(笑)。でも、食べることは基本ですからね!おいしくないものをとにかくお腹に入れるより、おいしいものをちょっとでも口にして感動するのが好きですね。皆さまにも、感動していただきたいです!

―ぜひ、いろいろ食べてみたいと思います!ありがとうございました!

村松 恒矢

バリトン/Baritone

藤原歌劇団 正団員 日本オペラ協会 正会員

出身:東京都

国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。新国立劇場オペラ研修所第14期生修了。平成30年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修生として渡伊。海外研修にて、イタリアのボローニャ市立劇場オペラ研修所、オランダのアムステルダム・ミュージックシアターオペラ研修所で研鑽を積む。

今後出演予定の公演情報

公演依頼・出演依頼 Performance Requests
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