
西村悟氏に聞く、
こだわりのリサイタルと、伝わる『ルチア』。
10月のリサイタルでは、これまで培ってきた自分と、将来的に思い描くこれからの自分の両方をお見せしたい。オーケストラで歌うという“挑戦”にこだわった理由は、より作曲家の意図に迫る表現を届けると同時に、オペラ歌手としてイタリアで得た成果をご披露したいという想いがある。12月の『ルチア』では、共演者と納得いくまで議論し、十分な準備を重ねて、伝わる舞台をつくりたい。いつもオペラのことを考えていて、将来的には説得力のある歌を歌える、「なんだか気になるアーティスト」像を目指したい。
オーケストラで歌う。それが、オペラ歌手としてのこだわりと覚悟。
−まずは、10/11に迫った西村さんのリサイタルについてお話をうかがいたいと思います。今回のプログラムは、イタリアの作品が多いようですね。
そうですね、僕はずっとイタリアに住んでいましたし、研修もイタリアだったということもあるので、自分がイタリアで勉強したもの、イタリアで歌ったものを中心に選曲しました。
−イタリアでの成果をお披露目されるのですね。なかには、フランスの作品もありますね。
マスネ作曲の『ル・シッド』というフランス・オペラですね。それからチラシには載っていないのですが、ロシアの作品もプログラムに入っているんです。これらの曲は、実は歌ったことはないのですが、「今後こういった作品をやりたい」という将来的な希望を提示するために入れたのです。今までは、『椿姫』のアルフレードだったり『ラ・ボエーム』のロドルフォだったり、僕の等身大といえるような若者の役が多かったんですが、今後僕がもっと歳をとるにつれ、歌う役もどんどん進化していかなければいけないと思いますし、もっと大人な役に挑戦していこう、というちょっとしたメッセージを込めました。
それから今回のプログラムは、面白いことに、曲を並べてみたら作曲家が本当にぴったりと時代順になったんですよ。1700年代のロッシーニ作品から始まり、時代を下って最後は1900年代、プッチーニの『トスカ』で終わります。自分でもびっくりしました。

−それは興味深いですね!意識して選ばれたわけではないのですか?
最初は特に意識せずに、自分が歌いたい曲、思い入れのある曲を挙げていって、整理してみたら揃ったのです。気持ちいいですね!(笑)
−それを知っていると、聴く方も楽しめますね!今まで歌われた曲のなかで、「この曲には思い出がある」というものはありますか?
『ラ・ボエーム』の「冷たき手を」ですね。テノールとしていちばん大事なのは、高音がしっかり出せることなのですが、この曲にはハイC(高いド)というテノールの最高音が出てきます。そのハイCを出すということを克服するため教材として、僕が初めて扱ったのがこの曲なんです。なぜハイCが必要かというと、少し極端な言い方ではありますが、テノールって気持ちが90%、技術が10%みたいなところがあるんです。何千人もが見ている前に出て、「失敗したら…」という怖さもあるなかで、「この音まで出せる」という自信がないとメンタル的に余裕を持って舞台に臨めないんです。だから、いつでもその音が出るということを克服してしまえば、あとはグッとラクになれる。そこを鍛えるために、僕が初めてやった曲なのです。コンクールで成功したり失敗したり、本番でも成功したり失敗したりと、思い出がギュッと詰まった歌です。
−それは思い出深いですね!テノールは気持ちが90%というお話も印象的でした。
「今日はダメかもしれない」と怖くなることもあるんです。
−そういうとき、少しでもやわらげる克服方法というのはあるのですか?
もう、練習しかないです!昔、体操の内村航平選手が金メダルをとったときに「120%練習して、100%の力を出す」と言ったという話を聞いて、「すごいな」と。それを聞いて「練習をして、「絶対にできる」という自信がついたら緊張しないんだな」と思い、それから練習が好きになりましたし、本番であまり緊張することがなくなりました。いかに準備をするか、が緊張を克服する方法ですね。練習で出ない声は出ないですからね。
−なるほど、頭の下がる思いです。今回プログラムのなかで、特に聴きどころはどの曲でしょうか?
どれかの“曲”というより、今回このリサイタルが「オーケストラでやる」という点がポイントなのです。オーケストラでやることに大きな意味があり、僕はすごくこだわっているんです。なぜなら、オペラ歌手というのは、作曲家の意図というものを絶対的に表現に組み込まなければならず、じゃあどうやって表現するのかといえば作曲家が楽譜に書いたとおりに演奏するのがいちばんいい。もちろんピアノ伴奏で歌う機会もあるんですが、ピアノよりはオーケストラのほうが表現できる範囲が広いですし、オペラをあまり知らないお客様にも「オペラってこういったものなんです!」という風に紹介したいのです。
−言われてみれば、作曲家は最終的にはオーケストラで演奏されることを想定して作曲していますよね。
そうなんです。本来だったら、なにか作品を「これ!」と決めて、全幕やりたいぐらいなんです。でもさすがに、それではお金がいくらあっても足りないので(笑)。せめて演奏だけでも本来の音で表現できればいいな、と思いまして、思い切って挑戦してみました。僕は、もともと留学する前までは「声量」がコンプレックスだったんです。「声はいいし、音楽性もあるんだけど、声が飛んでこない」と言われることが多くて、イタリア留学へは「声量を克服しよう」というテーマを持って行きました。そしてイタリアで、いかにオーケストラに声が潜らないか、お客さんに声が届くかといったことにこだわって勉強してきたので、そういった成果を披露するためにも、今回はオーケストラが必要だったのです。オーケストラと歌えて、初めて“オペラ歌手”といえるので。ピアノでもいいのですが、オーケストラのほうがより自分にもプレッシャーがかかって、ごまかしがきかない感じがします。また、これだけの曲数をオーケストラで演奏するリサイタルは珍しいと思います。人と違うことをやってみたかった、ということもありますね。
—マエストロの山田和樹氏との共演にも、こだわりがあるそうですね?
そうなんです。山田さんは今世界的なスターですから、この企画があと2年遅れていたらスケジュール的にかなり難しかったと思います(笑)。でも、山田さんはこのあいだも藤原歌劇団で『カルメン』を振っていらっしゃいましたが、「これからはオペラを振っていきたい」とおっしゃっていたので、もしかしたら今回振ってくださらないだろうか、と思ってお声がけしてみたら、快く「振ります」とお返事をくださいまして。その流れで、山田さんと親交が深い日本フィルハーモニーさんにもお願いをしたのです。
−なるほど。おふたりの共演が楽しみですね!
