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  7. Vol.26-牧野正人 3

CiaOpera!

新しい経験や、人と人の心の触れ合いが、自分を成長させてくれた。

—先ほどもお話いただいたように、これまで約20年間、計10回の『ラ・トラヴィアータ』にジェルモン役として出演されてきたわけですが、ジェルモンという役を演じるにあたって大切にされていることはありますか?

バリトンの役というのは大抵、主役を後ろから見ているような準主役的な立場が多いのです。まず二枚目という事はありません。親父のような老け役か、または悪役か、大体ちょっと変わった役どころで、しかもオペラの途中から急に登場したり、あるいは途中で死んでしまったりとか、いわゆる三枚目です。そんなバリトンですが、特にヴェルディのオペラでは「ヴェルディ・バリトン」という言葉があるぐらい、重要な役として描かれている事が多いのです。『ラ・トラヴィアータ』で言えば、最初にまずヴィオレッタとアルフレードが出会い、恋に落ちる。そこに、アルフレードの父ジェルモンさえ出てこなければ、二人はハッピーエンドで終われるはずだったのに、ジェルモンが出てくる事で話がガラッと変わる。バリトンが担っている役割というのは話に変化をもたらす事であり、ものすごく強く、大きな存在感が必要になるんです。そしてこのジェルモンという男、一見ふたりの恋仲を裂く悪役のように見えるのだけど、そこには止むを得ない事情や、口に出せない様な深い苦しみがあって、結果、仕方なくその立場をとる事になるんです。ただその場に出てきて、「息子と別れてくれ」と言うのでは無いのですね。そこの至るまでには苦しい心情が有る。プロヴァンスの田舎の、由緒ある家柄を守りたいとか、愛する息子アルフレードをヴィオレッタのような夜の女と一緒にさせたくないとか、さらにはその事によってアルフレードの妹の縁談を破断にさせたくないといった、自分が守らなければいけないものがある、頑固な田舎親父としての苦しみを背負っている。さらに、よくよく会って話を聞いてみると、ヴィオレッタという人は、自分が思い描いていたような淫らでだらしない女ではなく、ものすごく自分の息子のことを想ってくれている大切な女性だった、それはつまり自分にとっても大切な人だったのかもしれないと、後悔に苛まれるんです。だから話が進み、アルフレードがヴィオレッタに対して誤解し、ひどい態度をとった時には厳しく息子を叱るし、最後にヴィオレッタの持病が進んで命を落とす時になると、なんで自分は助けてあげられなかったのだろうかと、ものすごく悔やむのですよね。立ち位置としては「悪役」ですが、そこにとても深いものがある。ヴェルディのバリトン役というのは、その人物を表現するために考えなきゃいけない事が沢山あるんですよ。ただの悪者じゃ無い。だから、面白い。そして特に、この第二幕途中からフッと出てくるジェルモンが、キリッと場のムードを変え、話がこじれて行く感じを、自分では大事にしているつもりですね。

2015年藤原歌劇団公演「ラ・トラヴィアータ」ジェルモン役 左は西村悟、中は佐藤亜希子

2015年藤原歌劇団公演「ラ・トラヴィアータ」ジェルモン役 左は西村悟、中は佐藤亜希子

—お話を聞いているだけで、心がジーンとするようです。ジェルモンという役が持つ深みや存在感についてを、考えていらっしゃるのですね。それはきっと、歌にも反映されてくることですね。

そう、ジェルモンは最初登場した時、ヴィオレッタを軽蔑している。でも、ヴィオレッタの説得に成功して家を出て行く時、結果的に自分がやりたかったように二人を別れさせ、家や子供達を守ったはずなのに、その代償としてヴィオレッタという一人の女性を深く傷つけてしまったという、優しい心を持つ田舎親父は、ものすごく重く、嫌な気持ちを抱いて去るんです。だから、ヴィオレッタとジェルモンの二重唱、最初と最後では全然雰囲気が変わります。このシーンは派手な動きはあまり無いですが、二人の心理的変化のぶつかり合いが有り、とても難しい二重唱だと思っています。

—聴きどころのひとつですね。

それから、これも何度も歌ってきた中で得た事なのですが、こういった老け役をやる時は、あまり無駄に動いてはいけないんです。もちろん、演出家から何か指示があれば、それはやらなければいけない事ですが、オペラって、やらなければいけない重要な芝居以外に、アリアの長いフレーズを歌っている様な時とか、長い間奏とか、どうしてもちょっと演技が止まらざるを得ない場合があるのです。そこを芝居でどう繋いで行くかという事なのですが、これが若い頃だと、結構色々やっちゃう。例えば、高い音を出すのにちょっと手を上げてしまったりする。すると「この手はなんだ?意味はないだろ?」という事になる。それは歌い手の持つ生理現象だったりするんでしょうが、そういう意味無い動きを殺して、無駄な動きを最小限に止めるという事が、ジェルモンのような老け役では重要なんですよ。これがなかなか難しい!そこに立って居るだけで芝居として成り立っている、という自信が無きゃ出来ないですから。これは長年歌ってきて、ある時期からやっと自分の中で行き着いた事なのです。でもそれは、このジェルモンの様に、何度も繰り返し演じさせて頂いている役で得られる事なんですね。有難いです。

牧野正人

—そこまで気を配って演技をしていらっしゃるとは、驚きです!

まぁ、俳優さんに比べたら、オペラ歌手の演技なんて、取るに足らない様なものですけどね・・。でも僕らバリトンは、舞台の脇を締めるという事、それは大事な役割だと思っています。あと心がけている事と言えば、稽古場のムードメイキングですね!

—ムードメイキングですか!

それこそ、入ったばかりの若造の頃には出来なかった事だけど、この歳になったからこそ、なるべく稽古場が明るくなるようにと考えていますよ。たとえば、稽古中に誰か、高音がひっくり返ってしまったとするでしょ。でも、藤原歌劇団の稽古場では、みんなそれを明るく笑い飛ばすんです。大したことじゃ無いよ、ドンマイドンマイって感じです。稽古場で何かあったら、皆で一緒に解決してくれようとする。それがいいんですよ。誰だって失敗はするじゃないですか。調子悪い時だって有るじゃないですか。稽古場というのは、その為にあるようなものだと思うんです。その明るくて、たくさん失敗できる雰囲気を誰が作るかと言ったら、当然経験を重ねて、稽古場を引っ張るような先輩たち、ベテラン達がやっていかなきゃいけない事かなと思うのです。新人の時の緊張感、初役の時の怖さ、主役の責任感の重さ・・こういった事は嫌っていう程、味わって来ましたからね。先輩歌手たち、脇を務めるベテラン達が温かく迎えてあげなきゃですよ。本番はもちろん1回きりで終わってしまうので真剣勝負で集中しますが、オペラの楽しさというのは実は稽古場の楽しさなんですね。これはお客さんに見える部分では無いけれど、稽古場が良くなければ良いオペラは出来ない。藤原歌劇団の良いところは、そこだと僕は思います。

新企画<聞いてみタイム>♪アーティストからアーティストへ質問リレー

アーティストからアーティストへ質問リレー。伊藤晴さんから、牧野正人さんへ。

—さて、今回の質問リレーは、伊藤晴さんから牧野正人さんへ、です。どんな質問が来ているでしょうか。

これまで大きな役を演じてこられたと思いますが、牧野さんにとってこれから挑戦したい役はありますか?

やっぱりヴェルディの役は、歌えるうちに一本でも多くこなしたいという気持ちは、バリトンとして持っていますね。なかでも、『シモン・ボッカネグラ』という演目があって。結構マニアックな演目なのですが、そのタイトルロールをやってみたいです。藤原歌劇団でも、その昔上演したことがあって、じつは僕も出たのですが、そのときはパオロという主役を裏切る悪役。そして、共演した主役のシモンが、あのレナート・ブルゾンだったのです。その時の思い出があって、ブルゾンがものすごく良い人で、何と稽古が終わった後、個人的にパオロの稽古をつけてくれたのです。あのブルゾンが、ですよ。「そこではこういう風に回ったほうが良いぞ」とか、「マントはこう持って、こう使え」「この音で動け、そこまで我慢しろ」とか。手取り足取り教えてくれて、「なんて良い人なんだ!」と。もっとも、パオロがちゃんと悪い奴らしく見えないと、シモンという主役の芝居が成り立たないので、「自分がシモンを演じるために、パオロはこうあって欲しい」という、ものすごく強い思いがあったのかもしれませんが。しかしそれは僕にとって『シモン・ボッカネグラ』での、ホント宝物の様な思い出だし、そのとき舞台袖からブルゾンを見ていて「かっこいいなぁ」「あぁ、自分もシモンをやってみたいなぁ」と思ったのです。憧れですね。

牧野正人

—レナート・ブルゾン直々の稽古ですか!それは思い出深いでしょうね。貴重なお話、ありがとうございました。

取材・まとめ 眞木茜

PROFILE:牧野正人 Masato MAKINO

牧野正人

2018年 藤原歌劇団公演
「道化師」トニオ役

静岡県出身、国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。1988~89年ミラノに留学。第3回日仏声楽コンクール第1位および審査員特別賞受賞。第16回イタリア声楽コンコルソでシエナ大賞受賞。パヴィア国際声楽コンクール第2位。ネリア国際声楽コンクール第1位。第23回ジロー・オペラ賞受賞。浜松ゆかりの芸術家顕彰受賞。
国立音楽大学オペラ「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵でオペラデビュー。藤原歌劇団には、90年「道化師」シルヴィオ、「ドン・ジョヴァンニ」タイトルロールを歌い、共に絶賛を博し注目を浴びる。以来、「ラ・トラヴィアータ」「ラ・チェネレントラ」「セビリャの理髪師」「アイーダ」「ラ・ボエーム」「ルチア」「蝶々夫人」「愛の妙薬」「マクベス」「トスカ」「仮面舞踏会」「ファルスタッフ」「道化師」などで出演を重ね、好評を博している。16年には共同制作公演(日生劇場・びわ湖ホール)にて「ドン・パスクワーレ」のタイトルロール。日本オペラ協会には、「夕鶴」「袈裟と盛遠」に出演し、定評を得ている。新国立劇場には、開場記念公演「アイーダ」のアモナズロでデビュー。以降、「リゴレット」「ナブッコ」「ラ・トラヴィアータ」のほか、オペラ鑑賞教室「蝶々夫人」に出演。
その他、「天地創造」などのオラトリオや「第九」のソロ、オーケストラとの共演も多い。また、イタリア初期バロックの歌唱法の研究と演奏に意欲的に取り組み、各地で音楽セミナーや講習会を主宰。講師として参加し、バロック時代の歌唱法を基にした発声法や演奏表現を後進に伝えている。
藤原歌劇団団員。洗足学園音楽大学教授。

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