
『愛の妙薬』で見せる、先輩・後輩タッグ。
ぜひレパートリーにと願った念願のネモリーノは、人を疑うことを知らず、純粋で、ただひたすらアディーナを想って直感的に生きる人。主役デビューにして藤原歌劇団本公演のデビューともなるアディーナは、頭もよく、自信があり、強さもあるけれどあたたかさも持っている魅力的なイタリアの女の子。経験豊富な共演者やマエストロ、演出家と稽古を重ね、大学の先輩・後輩、そして2016年ロッシーニ・オペラ・フェスティバルでの同期としてもお互いをよく知る中井奈穂氏と小堀勇介氏ならではの、素晴らしい舞台づくりを目指す。
心底純粋なネモリーノを。最高にかわいいアディーナを。
−それではまず、中井奈穂さんと小堀勇介さんに、2019年6月29日・30日に日生劇場にて上演される『愛の妙薬』についてお話を伺っていきたいと思います。おふたりは6月30日のチームで、中井さんがヒロイン・アディーナ、小堀さんはその恋人役ネモリーノを演じられますね。この作品に臨むにあたって、それぞれ意気込みをお聞かせいただけますか?
小堀 僕は、このネモリーノという役を全幕通して歌うのは初めてなので、ロールデビューということになります。以前からずっと「レパートリーにしたい」と思っていた役ではあったのですが、なかなか作品に触れる機会がなくて。今回は千載一遇のチャンスで、本当にありがたいことだと思っています。お話をいただいたときにはすぐ、「ぜひやらせてください!」とお引き受けしました。ネモリーノという役柄は、本当に純粋で人を疑うことを知らず、自分の思いが強ければきっと相手に届くはずだということを絶対的に信じているという人物なので、これを僕という人間としてどうつくり上げていくか、そして物語そのものをどうつくりあげていくか。演出の粟國淳さんには新国立劇場でもお世話になっていまして、また一緒にお仕事できることが楽しみでしょうがないです。

−小堀さんは、以前からネモリーノという役を目標にしていらしたのですね。
小堀 はい。僕は特に、ルチアーノ・パヴァロッティの演じるネモリーノが大好きで。あの、頭の上がパカーンと開いて響いているような、すごくまっすぐな歌声。声がまっすぐだから、まっすぐな人物像を表現できているのだと思うのですよね。CDからでも、どんな表情で歌っているかっていうのがわかりますし、「声」ですべてを表現するというのはベルカントオペラの真骨頂だと思います。とにかく、ネモリーノの純粋さを表現することに関して、大変参考にしている歌い手のひとりです。
—パヴァロッティのネモリーノは、今でもよく語られますよね。中井さんの今のお気持ちはいかがでしょうか?中井さんは、今回このアディーナは初役にして、藤原歌劇団の本公演デビューでもありますね。
小堀 おめでとうございます!
中井 ありがとうございます!まさかこんなに大きな役で、こんなに素晴らしい劇場で、こんなに素晴らしいオーケストラ、マエストロ、演出の先生、共演者の方々と一緒にデビューさせていただけるとは…そして素晴らしい小堀先輩と(笑)。
小堀 いやいや、やめてください(笑)。実は僕たち、同じ大学の先輩・後輩なのです。また、2016年のペーザロでのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでも同期でした。
中井 そうなのです。実は先日までイタリアにいたのですが、小堀さんをはじめ皆様とご一緒させていただくにあたって、いろいろなコレペティの先生と一緒に作品を一本丸々通して勉強しました。これまで、本当にほとんど経験というものがなかったですし、この『愛の妙薬』という作品においては特に“イタリア人の感覚”がとても大切だと感じたので、イタリア人の先生がどのように音楽をつくられるかや、他にもたくさんのことを吸収しました。それがどこまで発揮できるかわからないですが、やれることは精一杯やって、最高にかわいいアディーナになれたらいいなと思っています(笑)。
—「最高にかわいいアディーナ」!楽しみですね!おふたりが考える、本作の見どころというのはどうですか?
小堀 やっぱりアンサンブルでしょうか。もちろん各アリアも有名で、特にネモリーノの「人知れぬ涙」は、歌う身としては本当にプレッシャーが強いのですが(笑)。この役をお引き受けするか否かは、あの曲を人前で歌うか否かでもあったのですが、「ここを超えたからこそ、今のスターの歌い手たちはそこに存在しているに違いない」ということを自分に言い聞かせました。なので、アリアももちろんお聞きいただきたいのですが、それよりもメインはアリアではなく、人間と人間のやりとり。ドニゼッティの描く人々の会話の音楽って、ロッシーニよりも瞬発力よく書かれている気がします。言葉のやりとりとか、テンポ感の変化だったりが、「あぁ、現実世界でもそういう反応するよね!」という音楽になっているのです。
中井 本当に上手ですよね。私がいいなと思うのは、ネモリーノのおじさんが莫大な遺産を残して死んでしまい、その相続人はネモリーノなので、彼はいまや億万長者になったらしいわよ!という村の女性たちの合唱ですね。
小堀 あそこはいいよね!あの合唱があって物語が劇的に変わるし、ターニングポイントとしてドニゼッティがよく描き込んでいるなと感じます。
中井 そうなのですよね。静かにしないといけないのを忘れて、「それでね、それでね…!!」とどんどん盛り上がっていくのが、楽譜を見ただけでも分かります。強弱や、スタッカートのつけ方もとてもいいです。
小堀 「スビトピアノ(音量を急に小さくする手法)」の使い方がうまいのかもしれない。盛り上がっていって、フッと一瞬沈む。そのあとバーンと爆発する。その音楽がエキサイティングです。
—なるほど。人々のリアルなやりとりが感じられるかのようなアンサンブルや合唱が、実は見どころなのですね。
小堀 合唱との絡みなどは、他の作曲家とも違うと思います。粟國さんの演出では、合唱にもひとりひとりに名前があって、役どころも全部決まっているのですが、そのように合唱もひとりひとりが立ってないと、特にこの作品では成立しないのかもしれないですね。アリアって、どうしたって目がいくし記憶にも残ると思うのですが、それだけじゃないということを、声を大にしてお伝えしたいです(笑)。
—アリア以外の部分の良さを味わうことも、オペラを全編通して観る際の醍醐味といえそうですね。見どころが伝わりました!