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CiaOpera!

CiaOpera!(チャオペラ)Vol.42 角田和弘
Vol.42 -
角田和弘氏

オペラ。コンサート。困難と緊張感を、音楽の力と楽しみで乗り越える。

およそ100回を数える出演回数を誇る『カルメン』。それでいながら、今回は「ダンカイロ」という初役。新たな挑戦へのモチベーション、そして貴重な家族団欒の時間が、延期となった公演までの在宅期間や、これまでにない短期集中型の稽古を支えたと思う。同じく初役「バジリオ」での出演となる『フィガロの結婚』は、稽古の進め方などでさらなる困難が予想されるが、教え子達や共演者などにも力をもらい一致団結してつくりあげたい。また『オペラガラコンサート』では、制作側として今だからこそできる生の音楽の力を世の中に届けたい。ヨーロッパ留学時代のご縁が、今につながっている。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第42弾は、2020年8月の『カルメン』に「ダンカイロ」役として出演し、2021年1月9日には藤原歌劇団本公演『フィガロの結婚』で「バジリオ」役を務める角田和弘さん。2020年11月29日の『オペラガラコンサート』では、団会員委員会委員長としてコンサート企画・制作の統括も。コロナ禍の今、歌い手としてオペラ出演へかける思いや、制作側としての思い、その他、貴重で面白さ満点のヨーロッパ留学時代のお話も伺いました。

『カルメン』の公演延期は、初役という挑戦と家族団欒で乗り越えた。

角田和弘氏

ー今回は、前回に引き続き8月の藤原歌劇団本公演『カルメン』にダンカイロ役で出演され、来年2021年1月には藤原歌劇団本公演『フィガロの結婚』バジリオ役での出演も控える角田和弘さんにお話を伺います。さらに、本年11月の『オペラガラコンサート』では団会員委員会委員長としてコンサートの企画・制作も務められるなど、お聞きしたいトピックスが目白押しです。まずは、『カルメン』を終えてみてのお気持ちからお聞かせいただけますでしょうか?

これはまず前置きなのですが、そもそも『カルメン』というオペラが、私にとってすごく思い入れのある作品なのです。これまでで一番参加した回数が多く、たぶん100回近い公演に携わっていると思います。藤原歌劇団が文化庁の取り組みで学校公演を行っており、私もそこに参加して全国の学校をめぐり『カルメン』を上演していたのですが、たぶんそれが全体の半分を占めている。その他に、規模の大小はあれど様々な『カルメン』に参加してきました。そのような公演で主に歌ってきた役は、「ドン・ホセ」。ヒロイン「カルメン」の相手役で、いわゆる主役です。

ところが先日の公演では「ダンカイロ」という、今までに一度もやったことのない役の相談が、折江忠道総監督からあった。もちろん、頼まれたことはなんでもお引き受けするつもりでいたので今回もお話を受けたわけですが、このダンカイロという役は通常バリトン歌手が歌うことが多い役なのです。ただ、楽譜を見たらト音記号で書かれていて、これは通常テノール歌手が歌うパートを示す場合が多い記号で、私自身もテノールですので、めずらしいテノール版ダンカイロとして、初役で出演した公演だったのです。

角田和弘氏

2003年 藤原歌劇団公演「カルメン」(学校公演)右は森山京子(カルメン役)

ーなるほど、それほど回数を重ねていながら、また新たな役に挑まれた公演だったのですね。

はい。ただ、そんななか起きたコロナ禍。予定していた4月の公演が延期となり、「いつやるんだろう」という不安や戸惑いを経て、8月の暑い時期に決まった。練習ではフェイスシールド、あるいはマスクをしたまま歌い、これまでそのようなことは当然なかったのですごく大変でした。何が大変かというと、特にフェイスシールドにいえるのは、シールドに自分の発した歌声が反射して、自分に戻ってくる。自分の歌声ばかりが聞こえ、逆にオーケストラなどの音が聞き取りにくくなるのです。また、今回の本番では指揮者が前方ではなく出演者の後方にいて、歌手は舞台最前列に据えられたモニターでその指揮を見なければなりませんでした。練習回数も非常に少なく、今日の稽古で段取りを確認したと思ったら次はもう通し稽古というような状態で、それぞれ1回しかできなかったりして。どんな状況でもきちんとできるのがプロであるという思いもある一方で、そうはいってもやはり練習の積み重ねがいい本番につながるものなので、すごく緊張感がありました。出演者はもちろん、スタッフの皆様も本当に大変そうで。けれど、今までやってきたものとは全然違うオペラだったかもしれませんが、それを観たお客様は「良かった」「やっぱり生の音楽っていい」と言ってくださる方が多かった。いろんなことがあったけれども、我々は歌い手として舞台で歌い、お客様に楽しんでもらってこそ、自分たちがやっている仕事の魅力を実感できるのだと気がつきました。

ー大変な中にも、新しいオペラへの可能性を感じる舞台だったのですね。延期が決まったときは、どのようなお気持ちでしたか?

「仕方がない」という気持ちでしたね。もう、稽古中もみんなで「本当にできるのかな」という話をしていましたから。正直悔しかったですけど、仕方がない。

ーそうだったのですね。しかし、8月に公演が決まりました。その間、どのようにモチベーションを保って過ごされていたのですか?

やっぱり、初役というチャレンジの要素は大きかったかもしれませんね。譜読みも必要でしたし。今回、これまで自分が歌っていたドン・ホセの役を、私の教え子である澤﨑一了さんが歌ったのですが、一緒に舞台上にいて彼を助けることができるというのは師匠として嬉しいことですし、「自分もきちんとやらなくては」と改めて思えるものです。そんなことも、モチベーションにはなっていました。でも、5月・6月は、どちらかというとゆっくり自粛生活を楽しんでいましたよ。

ーきちんと充電もされたわけですね。

はい。私は料理が好きなので、家族に料理をふるまったり、逆に子供たちが料理をつくってくれたりしました。私は、普段ほとんど家にいなくて。公演やら何やらであちこちを飛び回っていたので、家族団欒の機会が3ヶ月近くあったことは、ある意味良かったことかもしれません。今まで忙しくしていたぶん、「ちょっとは休めよ」という神様のはからいだったのかもしれませんね。

ーご家族の団欒が見えるような、あたたかいお話ですね。そういった時間が、これからもご自身のお仕事の力になっていくのでしょうね。

『フィガロの結婚』も『オペラガラコンサート』も。今だからこそ、できること。

ーそして、オペラのさまざまな新しい可能性を見出した『カルメン』を終え、今度は2021年1月8日(金)・9日(土)に上演の藤原歌劇団本公演『フィガロの結婚』に、1月9日の組で出演されます。こちらは音楽教師「バジリオ」役。公演への思いをお聞かせいただけますか?

はい。この『フィガロの結婚』も、当初は2020年6月に上演予定だったものが延期となったのです。この作品は、昔私がバリトンで歌っていた時代に「アルマヴィーヴァ伯爵」の役で出演しました。が、テノールに転向してからはあまりモーツァルトのオペラにご縁がなく、本公演で歌う「バジリオ」役は初役なのです。だから、また勉強が必要です(笑)。このオファーについては、たぶん折江総監督が、私が去年日生劇場で出演した『ヘンゼルとグレーテル』というオペラを観て思いつかれたのだろうと考えていまして。そのオペラで、私がやったのは「魔女」の役なのですが、それを観て、ちょっとコミカルな役をやらせてみたいと思われたのではないでしょうか。別組でも、バジリオを持木弘さんという私の大先輩が演じられます。お互いどのようなバジリオになるのか、今から楽しみですね。

NISSAY OPERA 2019『ヘンゼルとグレーテル』撮影:三枝近志 提供:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]

NISSAY OPERA 2019『ヘンゼルとグレーテル』
撮影:三枝近志
提供:公益財団法人ニッセイ文化振興財団[日生劇場]

ー今回も初役なのですね!両日とも楽しいバジリオが拝見できそうです!出演者の皆様も気心知れた方々でしょうか?

実は、本公演にも私の教え子が結構出演するのです。例えば同じ組のキャストなら、バルトロ役の相沢創さんとか、ドン・クルツィオ役の三浦大喜さんとか。日程は違いますが、アントーニオの安東玄人さんも教え子ですし。そういう弟子との共演というのは、嬉しいものですね。変なことはできないという、いい意味でのプレッシャーも感じますし。

ー前回に引き続きこちらでも、師弟共演が拝見できるのですね!楽しみです。それにしても、『フィガロの結婚』は『カルメン』に比べてより共演者との掛け合いや重唱の要素が多いように感じますが、稽古の方法や演出も気になるところですね。

そうですね。いわゆる“アンサンブル・オペラ”なので、『カルメン』以上に難しくなるのではないかと予想しています。練習回数も限られるでしょうし、短い期間でやらなければいけないことがたくさんあるでしょうから、不安もあります。でも今回の演出は、藤原歌劇団で2012年に新制作したプロダクションで、それ以降も演出のマルコ・ガンディーニさんが何度も昭和音楽大学にいらして『フィガロの結婚』を演出されているので、そこをベースになさるのではないでしょうか。もちろん、触れられないとか、向き合えないという制約は出てくるでしょうが、楽しみな部分もありますね。

ー緊張と楽しみが入り混じりますね。指揮者の鈴木恵里奈さんは、『カルメン』に続いてのご共演ですね。

はい。私は鈴木さんの指揮を尊敬しています。もう今はあまりこういう議論をする時代ではないかもしれませんが、やはりまだまだ“女性の指揮者”について様々な意見があるのも現実だったりします。けれど、鈴木さんの指揮は男性の指揮者に引けを取らず、音楽的にも大変しっかりとしていると感じます。振り姿も美しく、指示もビシバシと言ってくださいます(笑)。

ー聴き応えのある、豊かな音楽を紡ぎ出されるのですね。おふたりの信頼感もあり、年明けを飾る素晴らしい公演になりそうです。
そして、話は変わりますがさらに伺いたいお話があります。2020年11月29日(日)に控えている『オペラガラコンサート』についてです。こちらは、「団会員企画シリーズ」のコンサートですね。

はい。このコンサートは、その名のとおり藤原歌劇団や日本オペラ協会に所属する歌い手やピアニストたちなどが集まった「団会員委員会」という会によるものです。私はその委員長という立場から、コロナ禍において何かできないかと考え企画しました。そもそもこの団会員企画シリーズのコンサート自体は毎年行っていて、その趣旨としてはこうです。今団会員は1,000人を超えるのですが、その全員が等しくオペラ公演や歌の仕事に携われているかというと、必ずしもそうではない。そこで、若くてもいい人たちをもっと外にアピールしていくことは大切ではないかという思いで開催してきたのです。私が委員長を務めて今年で6年になりますが、ありがたいことにこの試みに好評をいただいてきました。そんな中起きたコロナの問題。私たちも歌う場を失い、「今だからこそやらなければいけないこと、やれることは何なのか」という話し合いを重ねて生まれたひとつの答えが、やっぱり生の音楽を求め、音楽の力に勇気をもらうお客様は多いということ。そこで、「藤原歌劇団、日本オペラ協会でいつも主役を張っているようなトップスターたちに歌ってもらい、できるだけ多くのお客様に来ていただいて元気のおすそわけをする」という、今回の企画にたどり着いたのです。

ー本当に、素晴らしいコンサートになりそうですね。

はい、そう思います。もちろん、なかには「まだちょっと劇場に行くのは怖い」とお考えになるお客様もいらっしゃるでしょう。私たち制作サイドとしても、日々コロナに関する情報を集め、それに合わせて対応を検討したりと難しい舵取りを迫られる部分もあります。けれど、そんな中でも我々はやるぞという姿勢を世の中に伝えたいのです。そこから、やっぱり劇場に足を運んでみようという方がひとりでも増えたら、こんなにありがたいことはありません。

ー歌い手としてだけではなく、制作者としてのご苦労もお持ちなのですね。けれど、力強いメッセージはきっと世の中にも届いていくと思います。プログラムについては、何か選曲のテーマ等あるのでしょうか?

折江忠道総監督と郡愛子総監督にもご相談し、アリアはそれぞれ歌い手の一番得意なものを歌ってもらうことにしました。また、聴きどころとしては、普段の日本オペラ振興会によるオペラ公演ではなかなか聴けない、今回だからこその貴重な組み合わせによる重唱です。

ーまさに「今だからこそできること」を体現されているプログラムなのですね。それは見逃せません!感染予防対策もしっかり講じられるとのことで、ぜひ劇場で、生の音で体感したいコンサートですね。

それは、驚きと面白みに満ちたヨーロッパ留学時代。

ー先ほどチラッとお話しされていてましたが、角田さんは最初バリトンで歌われていた時代がおありなのですね?

はい。大学院まではバリトンで歌っていて、そのあとミュンヘン国立音楽大学へ留学したのですが、そのときあちらで何名かの先生にレッスンしていただきまして。その中に「君はテノールではないか」と指摘する先生がいたことで、転向するに至りました。私自身、当時すでにテノールにとても興味がありましたし。

ーヨーロッパで転機を迎えられたのですね。留学時代に、何か思い出深いエピソードはありますか?

面白い話はいっぱいありますよ!たとえば、向こうでいくつかコンクールを受けたのですが、その中にイタリアの「ヴェルディ・コンクール」というヴェルディの曲ばかりを歌うコンクールがありまして。一次予選、自分の出場日ではない日に他の出場者の歌を聴いていたら、みんなアリアのあとによく知らない歌を歌っている。当時、一緒に出場していた日本人がなんとテノール歌手の錦織健さんで、錦織さんに「みんなが歌っているのは何?」と聞いたら、「あれは、アリアに続くカバレッタだよ。だって、カバレッタがある曲の場合はそこまで歌えと要項に書いてあったじゃない」という。当時イタリア語もそんなに話せず、読めなかった私はそれを知らなかったので、慌ててその日から一夜漬けならぬ“二夜漬け”で暗譜までして、当日を迎えたのです。けれど、結局最後の高音でひっくり返ってダメでしたけど。ヴェルディ・コンクールには別の思い出もあって、その時はなんとカルロ・ベルゴンツィが審査員長。そのベルゴンツィに当日「『リゴレット』の“女心の歌”を歌いなさい」と言われたのですが、さきほども申しましたように、私はイタリア語が熟達しておらず、「すみません、覚えてません」と日本語で答えたのです。そうしたら、その場に日本人の審査員の方がいらして通訳してくださって。「仕方がない。じゃあ『運命の力』のアリアは歌えるか」と聞かれ、今度は「はい」と答えたのですが、そのとき弾いてくれたピアニストの方が気を利かせてくれて、歌詞を全部プロンプターしてくれました(笑)。

ーそれはまたとない経験ですね!

コンクールの思い出はまだありますよ。別の「ベッリーニ・コンクール」を受けたときのことですが、そのときは審査員長があのフランコ・コレッリだった。そのコンクールは「ベッリーニ」と付くけれど、必ずしもベッリーニの作品を歌う必要はなく、一次予選で僕は『ラ・ボエーム』のアリアを歌ったのです。すると、歌い終わりにコレッリが「ブラボー!!」と大声援をくれたので、「これはもしかして1位をとれるかも」と欲が出てしまいまして。本選当日になって、予定していなかったベッリーニの『清教徒』から、「いとしい人よ」というHi-Cis(高音のド#)が最高音のアリアを「せっかくベッリーニ・コンクールなので歌わせていただいてもいいですか?」と変更したのです。イタリアはそういったところはかなり臨機応変で、「いいですよ」とすぐ変更してくれて、しかも曲名を伝えたら盛り上がってしまって、いざ本番へ。すると、最高音が見事に決まった。自分でも「俺、すごい!」と思った瞬間に、次の歌詞が出てこなくなってしまって。結局歌詞をもう一度見て最初から歌い直したのですが、その日審査員が夜中の3時まで協議したと後から言われました(笑)。そのときに一緒に出ていた出場者に、テノール歌手のラモン・ヴァルガスがいましたね。あとは、ウィーン国立音楽院の入学試験の合否が未だにわからないことでしょうか。「結果は後日郵送する」と言われたので、当時滞在していたミュンヘンの住所を伝えましたが、たまたま通知が届いた日に不在にしていて。ポストに不在通知が入っていたので郵便局まで取りに行ったのですが、「その手紙は預かり期限が切れたので破棄した」と言われてしまったのです。今では、後日確認する手段はたくさんあるのでしょうけど、当時ならではのエピソードですね。あのとき、もし合格してウィーン国立音楽院に入っていたからといって、その後成功していたかどうかはわかりませんし、面白い思い出として私のなかに残っています。

ーそれは貴重すぎるエピソードです!

そうでしょう(笑)?初めてミュンヘンに着いた日に荷物が出てこなくて、当時私がついていて、ちょうどミュンヘンに滞在していた原田茂生先生が空港まで迎えにきてくださり問い合わせてくださったところ、「君の荷物はハワイに行っている、明日には届く」ということもありましたし。出だしから面白いエピソードばかりでした。
実は、折江総監督がイタリアに留学していた時期ともかぶっていて、会うとしょっちゅう一緒に釣りにも行っていました。日本に帰ってきて、藤原歌劇団の同じ年の同じ『ラ・トラヴィアータ』の公演で一緒にデビューもしましたよ。

1988年 藤原歌劇団公演「ラ・トラヴィアータ」左は折江忠道(ジェルモン役)

1988年 藤原歌劇団公演「ラ・トラヴィアータ」左は折江忠道(ジェルモン役)

同公演、右は斉田正子(ヴィオレッタ役)

同公演、右は斉田正子(ヴィオレッタ役)

ーなんと、そのときからのお付き合いが今につながっているのですね!なかなか聴くことのできない貴重なお話の数々、ありがとうございました。

新企画<聞いてみタイム>♪アーティストからアーティストへ質問リレー

今回も、質問コーナーはカードを引いていただく形式。角田さんの引いたカードと、そのお答えは?

角田和弘氏

ー質問その1:ひょっとしたら私だけ!?

「私だけ」なこと、何でしょう…ひとつ言えるのは、先ほど話した団会員委員会が出来て10年は経つと思いますが、委員長という役割はこれまでみなさん2年ずつ任期を務めていらしたのです。ですが、3代目の私は今年で6年目。そのことを考えたとき思うのは、私は、意外と若い人達を育てたいという気持ちが強いし、そういうことが好きだということです。そして、若い人達と一緒に何かをやったり、企画したりするのも好きだし。向いているのかなと思います。5年前ぐらいまで、「角田さん、おいくつですか?」と聞かれたら「27歳です」と答えていたぐらいで(笑)。彼らと一緒に過ごすことで、若い気持ちを持っていられるのではと感じています。

ーそれは、確かに“角田さんだけ”ですね!

ー質問その2:今さらですが…

そうですね、これは先ほどの留学時代の面白エピソードのひとつといえるかもしれません。先ほど、学生時代にバリトンで歌っていて、ヨーロッパでテノールに転向したと話しましたが、ちょうどその転換機にひとつコンクールを受けたのです。イタリアでのコンクールで、バリトンで受けようと思って願書を提出していたのですが、当日会場に行って「テノールで受けたいのですが」と言ったら、事務局の人が持ち前の臨機応変さで「いいですよ。何歌えるの?」と聞いてくれて。「この曲と、この曲と」とテノールの曲名を挙げたら、その場で「OK!」と言って変えてくれたのです。だから、私はその日急遽バリトンからテノールに変更して出場したのです。しかも、不思議なことにそのままファイナルまで進んでしまって。結果は6位だったのですが、「審査員特別賞」という賞をいただきました。

ーまたしても、大変貴重なエピソードですね!テノールへの転向は、こうして実現したのですね。

そうなのです。ただ、実際にはそこからが結構大変でしたけれどね。なかなかそううまくスムーズにはいかなくて。未だに、自分でもバリトンだかテノールだかわからなくなるときがありますが、録音を聴くとやっぱりテノールだなと感じます。

ー立派にテノールを務めていらっしゃると思います!本当にたくさんの面白いお話、ありがとうございました。

PROFILE:Tenor 角田和弘

角田和弘

国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。1986年DAADの給費留学生としてミュンヘン国立音楽大学に、1989年文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてイタリア・ミラノに留学。第16回イタリア声楽コンコルソ・ミラノ大賞受賞。コセンツァ・バタフライ・コンクール第2位。
藤原歌劇団には、1988年「ラ・トラヴィアータ」のアルフレードでデビュー。以降「マクベス」マルコム、「オテッロ」ロデリーゴ、「ルチア」アルトゥーロで出演している。また、文化庁本物の舞台芸術体験事業「カルメン」のドン・ホセで度々出演。2016年「アルベルト・ゼッダ スペシャルコンサート」において、カンタータ「テーティとペレーオの結婚」のジョーヴェを好演。2020年8月には「カルメン」にダンカイロで出演。日本オペラ協会には、これまでに「袈裟と盛遠」「モモ」「額田女王」「那須與一」に出演。2019年「静と義経」の梶原景時で好評を得た。
第16回国民文化祭・ぐんま2001「みづち」の総合アドバイザーを務める傍ら主役の小太郎を演じ、2004年新国立劇場での再演にも出演。その他、日生劇場「ヘンゼルとグレーテル」の魔女をはじめ、各地で「蝶々夫人」ピンカートン、「道化師」カニオ、「夕鶴」与ひょう、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」セルゲイ、「ワルキューレ」ジークムント、「ラ・ボエーム」ロドルフォ、「神々の黄昏」ジークフリートなどで絶賛を博している。第3回上毛音楽賞受賞。
藤原歌劇団団員。日本オペラ協会会員。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部講師。群馬県出身。
写真:2016年 藤原歌劇団公演「アルベルト・ゼッダ スペシャルコンサート」より

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