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CiaOpera!

CiaOpera!(チャオペラ)Vol.44 森山京子
Vol.44 -
森山京子氏

その皮膚で知る沖縄を、表現に。森山京子氏が語る『キジムナー時を翔ける』。

本作の初演時にも、今回と同じ「オバア」の役で出演したが、若い頃の自分には難しいテーマだった。このオペラで描かれているのは、実際の沖縄の歴史などの問題だが、様々な意見がある。地域による言葉の微妙な差異や、本物の“オバア”たちのやさしさも知っている。けれど、今変わってきた自分がいる。
故・中村透氏の沖縄への愛情溢れる美しい音楽や繊細なセリフを、より丁寧に、正面から向き合い深めていきたい。仲間たちや指揮者、演出家の皆さんと一緒に。自分の皮膚が知っている、沖縄の風、水、土や空気をも呼び起こしながら。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第44弾は、2021年2月20日(土)に、日本オペラ協会本公演『キジムナー時を翔ける』にて「オバア」役を務める森山京子氏。沖縄での初演時に同役を務めたときから年月を経て変わり、深まった思い。ご自身の故郷である沖縄の言葉や文化についての研究、共演者や指揮者、演出家との関わり、コロナ禍における音楽への取り組みについてなど、お話を伺いました。

オバアの心、沖縄の美しさを、より深く理解し、感じてもらえる表現へ。

森山京子氏

−今回は、2021年2月20日(土)・21日(日)の日本オペラ協会本公演『キジムナー時を翔ける』にて、20日に「オバア」役を演じられる森山京子さんにお話を伺います。この作品は、沖縄を舞台にした作品ですが、沖縄ご出身である森山さんはどのようなお気持ちで本公演に臨もうとお考えですか?

私は、この作品が沖縄で初演された際にも、同じオバアの役で出演させていただきました。けれど、このオペラに描かれているような「自然と開発、伝統と新しさの対立」というテーマは、当時とても若かった私には、正直なところ難しく感じられました。
私は、沖縄のなかでも石垣島の出身なのですが、石垣島にも何年か前に「白保」という地のサンゴ礁を埋め立てて空港を建設するという問題がありました。
実際、「貴重な美しいサンゴ礁を守ろう」という意見もあれば、若者たちのなかには「産業がないのでそうとばかりも言っていられない」という意見もあり、まさに『キジムナー時を翔ける』に描かれている世界そのもの。また、ひとくちに沖縄といっても、地域や島によって微妙な言葉の違いがあります。例えば私自身は石垣島ですが、母は与那国島、父は沖縄本島の「やんばる」と呼ばれる地域。それぞれ全部、言葉が微妙に違うのです。そういった差異に加えて、地元の本当のおばあさんたちが話す言葉にはなんともいえない美しい響きがあって、当時の私は何か違和感のようなものを抱えながら演じていたように思います。
そこから歳を重ね、人生の経験も重ねた今だからこそ、今度はひとつひとつ正面から取り組んでみようというのが、本公演に臨むにあたっての意気込みです。言葉ひとつとってもディクションを細かく研究していますし、オペラのテーマにしても、昔のように「白黒つけたい!」というような思いではなく、「どちらが正しいという答えはなく、どちらもある。はっきりした解決の提示ではなく、考えるきっかけを投げかける」というスタンスに共感できるようになり、より真実味をもって取り組めるように思います。

−沖縄での初演でも、オバアを歌われたのですね。お話を伺うと、そのときと今回とでは同じ作品、同じ役に臨むのにも、お気持ちはずいぶん変わられたのですね。

森山京子氏

そうですね、全然違うと思います。これは、指揮者の星出豊さんや演出家の粟國淳さんともよく議論していることなのですが、オバアという役は、作品のなかでは沖縄の自然を守りたい、歴史を大切にしたいという立場で歌ったり、セリフを言ったりします。確かにオバアが言うことは、沖縄の歴史そのものであり、事実です。でも、ご覧になるお客様は沖縄の人だけではなく様々な立場の方がいらっしゃいますし、オペラというものがひとつの「エンターテインメント」である以上、まず何より観劇を楽しんでほしいという思いが強いです。そういう観点では、セリフをお説教のようにはしたくないと思っていて、そこがオバアという役の難しさだと感じています。ですので、表現に気を配って研究し、まずは楽しんでいただき、それから考えてみるきっかけをお客様に届けられたらと思います。そういったことを考えられるようになったのは、私がオバアに近づいた証なのかもしれません。

−よりオバアが言うセリフや、歌う歌詞が表している心理へ、以前より理解が深まってきたということでしょうか?

共感という境地までいけるかはわかりませんが、知りたい、理解したいという思いは強まったと思いますね。以前よりも役づくりを深めて、しっかり表現できればと思います。

−意気込み、ありがとうございます。この作品で、森山さんの考える見どころ、聞きどころはどのような部分でしょうか?

ひとつは、やはり音楽の美しさだと思います。たとえば、オバアの孫のフミオが海についての歌を歌うとき、音楽そのものがまるで打ち寄せる波や海のきらめきのように感じられます。また、粟国さんのアイディアで沖縄の伝統的な太鼓であるバーランクなどを使ったり、「御願(うがん)ごと」と呼ばれる神事の雰囲気や「ノロ(神様たちと話ができるとされている女性)」の装束なども、楽しんでいただけるのではないでしょうか。

−音楽の美しさや、沖縄さながらの雰囲気が注目のポイントなのですね。

そうですね。作品に臨むにあたって、「キジムナー」や「ウスク」「カー(泉)」のことなどを自分なりに調べ、研究ノートをつくってまとめているのですが、何年か前に岡本太郎さんが沖縄を写した写真集を見る機会がありまして。そのなかの言葉で、「これだ」と線を引いたものがあります。「祖先が全身で受け止めていた太陽の輝きと風のにおい、充実した気配」これが、まさに今回の私のテーマだと思いますし、このテーマがお客様に伝わればいいと思います。

−まさに、オペラの核となるメッセージと重なりますね!岡本太郎氏も、このオペラの脚本を手掛け、作曲もされた中村透さんと同じようなものを沖縄という地に見出したのかもしれませんね。

そういうことだと思います。そう考えると、中村透さんは北海道ご出身なのに、ここまで沖縄を見事に表現されているのはすごいことですよね。沖縄のことが本当にお好きだったのだな、とよく分かる作品です。音楽的にもセリフのニュアンスや言っている内容も、ひとつひとつの表現がとても緻密で繊細なのです。それだけ沖縄のことを、愛情を持って見つめていらしたのだなと、実際台本を目の前にして演じていると、ダイレクトに感じられます。

−作品にどんなメッセージが込められているか、どんな色彩や空気感が流れているか、見えてきたような気がします。期待が高まりますね。

皮膚で知っている沖縄がある。
いい仲間と、日本オペラをつくる。

−それにしても、森山さんは沖縄ご出身で、『キジムナー時を翔ける』に描かれている世界やモチーフなどはかなり身近なのではないかと思いましたが、そのようにご自身で研究を深めてノートにまとめられているというのは驚きです。素晴らしいことですね。

森山京子氏

そのことなのですが、私は本公演のお話をいただいたときに、BEGINというアーティストが歌う「島人ぬ宝」という歌詞を思い出したのです、「僕はどれくらい知っているんだろう」と。でも、生まれた島であることは違いない。その心境はとても近いものがあり、実際知らないこともたくさんあるのです。だからこそ、興味を持って調べてみようと思えますね。

−そうなのですね。先ほども、地方によって言葉が微妙に違うとおっしゃっていましたが、やはり楽譜にある言葉は森山さんの故郷とはまた違いがあるのですか?

違いはあります。作中の言葉については、独自に研究をしているというより、ディクションの先生にご指導いただきながら身につけているところですが、やはり発見がたくさんありますよ。たとえば、「祈れ(いぬれ)」という命令形のセリフが出てくるのですが、これが方言になると強い命令口調ではなく、とてもやさしく、柔らかくなるのです。このニュアンスは学んでいくなかで気づいたものですが、その地域のオバアたちが持つ気質や、受け継がれる文化的な背景からくるやさしさなのではないかと思います。こういった、まだ私にとって知らない沖縄もたくさんあり、そこにひとつひとつ丁寧に向き合っていきたいのです。

−強い言葉でもやさしく伝える文化、ぜひ感じてみたいです。一方で、たとえばオペラのタイトルにもなっている「キジムナー」はかなり身近な存在だともお聞きしました。

はい。キジムナーというのは沖縄に伝わる妖精なのですが、多くの方がイメージしやすいものにたとえると座敷わらしのようなものかもしれません。普段の会話にも、「昨日寝ていたら金縛りにあったよ」「それはキジムナーがいたずらしたのかもしれないね」というように出てくるのです。私自身は、「そうかしら?」と思ったりしますが(笑)。

−かなり自然に登場するのですね!また、森山さんが演じられる「オバア」という存在が、とても沖縄的な存在のように思えます。

そうですね。実際、沖縄の人はお年寄りを大事にします。私の弟も、親戚のおばあさんを背中におぶってあげたりしますし、友人は、バスに乗っていたら隣のおばあさんに荷物を預けられたなんてこともあったようです。若い人が年配の方を助けるのが普通のこととされていますし、そのような風習がオバアという存在に沖縄らしさを感じさせるのかもしれませんね。
身近に知っている感覚といえば、『キジムナー時を翔ける』には「銀河のかなたから来た〜」といったセリフがあるのですが、この満点の星空は鮮明にイメージできます。沖縄から星の本も取り寄せて勉強もしたのですが、世界に88個の星座があるうち、沖縄では84個が見られるといわれているそうで、本当にとても美しいのです。そしてまた、「天の川」は星々が集まって雲のようになったものであることは多くの方が思い浮かべると思うのですが、それが沖縄ではくっきり見えるのです。この沖縄の空を、そこに生まれた者の強みとして、言葉を発したとき、自分の中にもお客様の中にもパッとイメージが広がるように表現できたらと考えています。

−やはり肌身で感覚を知っている方の表現には、観る側に真実味を感じさせる説得力があると思います。今回共演する皆さんにも、沖縄ご出身の方が多いようですね。

多いですね!本プロダクションでの沖縄県ご出身者は若い歌い手も多く、ご一緒するのが初めての方もいらっしゃいますが、同日にキジムナーの「カルカリナ」役を演じられる砂川涼子さんは、以前にも違うお仕事でご一緒しました。砂川さんは宮古島なので、また言葉がちょっと違います。「ジラー」役の琉子健太郎さんは、一見沖縄の方のようなお名前でお顔も一番沖縄風ですが、実は奄美大島ご出身なのですよ。同日組でマサキ役の海道弘昭さんは、埼玉県ご出身ですが三味線を熱心に練習されています。ミキ役も、どちらの日も生命力あふれる方ですし、とてもいい仲間と一緒に舞台をつくれていると感じます。カルカリナ役については、20日は女声、21日は男声という趣向が面白いですよね。皆さん、それぞれ少しずつ思いも違いますし、表現も違う。自然と、アウトプットされる形も違うものになりますし、そういった変化が感じられるのは、「日本オペラ」そのものの面白さでもあります。ぜひ、両日とも観ていただきたいですね。

−沖縄ご出身であるなしに関わらず、どちらの組も歌い手それぞれの表現が結集した公演なのですね。両日とも見逃せません。指揮者の星出豊さんや、演出の粟国さんとのお話もお聞かせいただけますか?

はい。星出マエストロとは、本作の沖縄初演時からご一緒しています。とても可愛がってくださり、他の日本オペラ、海外の作品などでも一緒にお仕事をさせていただいています。粟國さんとは、お父様(粟国安彦氏)の代からお世話になっており、お父様が体調を崩された折、淳さんとご一緒したときのことも覚えています。何年か前に、とあるオペラで公演当日に急遽アンダースタディから本番に立つことになったときも、大変丁寧にサポートしてくださり、とても心強かったですね。

−お二方とも、強い信頼感で結ばれていて、心強いですね。

自分を見つめ直した今、本作に臨める幸運がある。

森山京子氏

−目下、緊急事態宣言が続いていますが、このコロナ禍において苦労されている点はありますか?

まず稽古の時間が短くなっていることは、少し大変ですね。夜間の外出自粛が求められているなかで、夜8時までには稽古を終わらせてすぐ帰るようにしていますし、途中で定期的に換気の時間もとります。歌にしてもセリフにしても、何回も繰り返し口にしているうちに頭で考えるのではなく心から、その役自身が発する言葉として表現することができるようになると思うのですが、十分な時間が取れないと感じています。また、歌うときはマスクもフェイスシールドもしていますし、フェイスシールドは本番でもつける予定です。マスクは、相手の表情が見えづらくなりますね。フェイスシールドは、声が飛ばずに目の前で反響してハレーションを起こしてしまうというデメリットもありますし。
どれも、安全にオペラをつくりあげることを考えたら仕方のないことですけれどね。

−はがゆさもありながら、最善を尽くして稽古をされているのですね。動作の面でも、接触が難しいなど、前回とかなり変わってくる面があるように想像されますが、いかがですか?

そうですね、接触は難しいですね。人と人の接触もですが、ちょっとした動作にも制約があり、例えば御願ごとでひざまづいて祈る神女の写真を見つけたので、オバアが祈るシーンでもそれを再現したいと思ったのですが、舞台に体が触れることをなるべく避けたほうがいいかもしれないと粟国さんからもご意見がありました。小道具を持つ方も、必ず道具も手も消毒してから触って、それを舞台袖でスタッフに渡すときはスタッフの持つカゴに入れる。それぐらい、本当に気を使っています。でも、こればかりは今世界中の人が苦労していることですから、舞台がやれるだけでもありがたいことです。

−本当にそうですね。メンタルの面でも、この状況下で歌い続けるということに大変さを感じられたときもありましたか?

やはり、最初の頃は「音楽って必要かな」という根本のところから考えました。もともと、沖縄に帰って3日ぐらいするとオペラ歌手であることを忘れるときがありまして。というのも、地元には三味線の音も昔からの歌もまわりにごく普通に溢れていて、「こういう自然に生まれる音楽の力には、勝てやしない」と感じることが多かったからです。けれど、最近になって「私がやっているクラシック音楽やオペラは、訓練してつくりあげる表現だな。これは、私だからできることなのだな」と肯定する気持ちが生まれてきて、そんなときにいただいたこの『キジムナー時を翔ける』のお話は、とてもタイミングが良かったと思います。特にこの作品は、日本語であり、なおかつ沖縄の題材であり、地のものでもあるけれど、クラシックのオペラでもあり、ふたつの中間に位置するといえる。どちらの良さも活かせるというのが、今の私にとって幸運だったと思います。もしかすると、明確な何か答えにたどりつく訳ではなく、オペラのように「風にきけ」という感じで終わるかもしれませんが(笑)。それでもいいかな、と。大事なのは、何かを感じることだと思える。私自身の人生が、今そういう地点にいるのかもしれません。

−ご自身の内面的な変化にとっても、いいタイミングでのオファーだったのですね。実際、昨年の外出自粛期間は、音楽とはどう向き合われていたのですか?

もう、毎日歌っていました。本公演のお話もすでに受けていましたが、せっかく時間もあることですし、もっと根本的な自分の声と向き合う時間を多く取り、ときにはもう一度やり直すようなことも含めて、練習を続けていました。そういう音楽家の方は多かったみたいですね。

−これまでにも増して、じっくり音楽と向き合われていたのですね。沖縄に帰ることは、見合わせていらっしゃるのでしょうか?

帰れないですね。母が高齢ですし、かえって心配ですので見合わせています。

−そうですね。公演もありますし、はがゆさもおありかと思いますが、今しばらくの辛抱というところでしょうか。普段、沖縄に帰ったときはどのように過ごされるのですか?

私の高校には音楽家が多く、BEGINさんや夏川りみさんも世代は離れていますが後輩にあたります。ですので、ジャンルは様々ですが同級生にも音楽関係者が多く、「帰ったよ」というとライブハウスに呼ばれて歌うこともよくありました。「マドンナのバックで太鼓を叩いている」という知人もいますし、外国人の演奏家もいますし、それはもういろいろな方がいらして、その中に飛び入りで歌ったりします。まさに、先ほどお話ししたように、音楽が普通に溢れているという状況に囲まれるのです。皆さん、ポップソングでもなんでも、創作しますしね。そんな中で、「私がやっていることは、再現だなぁ」と気持ちが負けそうになったこともありましたが、今は私ならではの表現方法だと感じられるようになってきましたね。

−本当に、沖縄の音楽も言葉も、文化、海、風、空も、その皮膚に感じながら過ごされていることがよく分かります。そんな森山さんが演じられるオバア、そして『キジムナー時を翔ける』、楽しみにしています。

はい、お待ちしています!

新企画<聞いてみタイム>♪アーティストからアーティストへ質問リレー

カードに書かれた質問を、一問一答形式でお答えいただく本コーナー。
森山さんの引いた質問カードと、そのお答えは?

森山京子氏

−質問その1:コロナ収束後にしたいことは?

やはり、まずは一度沖縄に帰りたいですね!

−お気持ち、お察しします。沖縄に帰るとご自身のリセットにもなりますか?

はい、なります!不思議な感覚ですが、飛行機に乗っているだけでもうエネルギーが充電されてくるような気がします。

−やはり、体が自然に故郷に帰ることを意識するのでしょうか。

そうかもしれません。でも、自分のことを「私は沖縄の人だなぁ」と思うようになったのは最近のことなのですけれどね。本当の島の人というのはもっと素朴だと思うのですが、私は昔「しまないちゃー」つまり石垣島の人だけれど内地(大和)の人のようだと言われていました。たぶん、それには本編でもお話ししたように、父や母の出身地や言葉がそれぞれ違うこともあるのでしょう。沖縄では「寒い」というのを「ひーさん」と言いますが、石垣島では「ぴーさん」になったり、沖縄本島の言葉はかなりアクセントがつきますが、石垣島ではもっとまっすぐ平らになったりという違いです。それに、父は東京で仕事もしていましたから、標準語に接して育ったことも理由にあると思います。

−そうなのですか!沖縄の言葉の違いを知ると、面白いですね。

−質問その2: 人生最大の失敗談は…?

まだ若かった頃、とある市民オペラで『カルメン』をやったのですが、稽古のときから張り切ってしまって。もうひとりダブルキャストの方がいたのですが、その方がちょっと調子が悪いと言われていたこともあり、その方のぶんまで歌ったりしていたら、本番当日に自分のほうが声が出なくなってしまったことですね。「これは、皆さんに500円ずつ返さなければ…」と思いました(笑)。
終演後、合唱団の方々にも「このような状態になってしまい申し訳ありません。次回は頑張ります」とお詫びをしましたら、そこにいたおひとりに「頑張るからこういうことになる」と言われました。

−なるほど、それも一理ありますね!

そうですよね(笑)。若き日の懐かしいエピソードです。

−質問その3: 実は私、◯◯の達人なんです!

達人かどうかはさておき、実は私、お寺に嫁いだのです。だから、オペラ歌手でありながら「オテラ歌手」なんです!

−上手い!ご住職様と結婚されたのですね。

ありがとうございます(笑)。主人が住職になったのは最近で、それまではずっと亡くなった義父が務めていました。義母も早くに亡くなったものですから、檀家さんに「あの方はどちらの奥様かしら」と思われたりしながら、お寺の妻も務めています(笑)。

−そうなのですね(笑)。特技といえば、三味線などの演奏はされますか?

私は弾かないですね!あれは、運動神経も必要だと思いますので。それに、ああいった伝統楽器や古くから伝わる文化の良さって、若いときはあまり分からず、歳を重ねると感じるようになるものだと思います。留学などで海外に行って、改めて日本を見つめ直し良さを実感するような感覚に近いですよね。

−分かりやすいたとえですね!お話、ありがとうございました。

森山京子氏

PROFILE:Mezzo Soprano 森山京子

森山京子

国立音楽大学卒業。文化庁派遣芸術家在外研修員として、イタリア・ミラノに留学。
1985年「ニッカ・カルメンシータ」オーディションで第1位となり、タイトルロールでオペラデビュー。ドイツ・ライプツィヒ歌劇場と94/95年、95/96年にシーズン契約を結ぶ。イタリアではベルガモ・ドニゼッティ劇場をはじめパルマ、レッジョ・エミーリア、ミラノの各市や、ルーマニア国立歌劇場にてオラトリオ、オペラに出演。
藤原歌劇団には、88年「ラ・トラヴィアータ」のフローラでデビュー後、02年「カプレーティ家とモンテッキ家」のロメオで絶賛を博した。以降、「イタリアのトルコ人」「アルジェのイタリア女」「ラ・チェネレントラ」とロッシーニ作品での主役が続き、「ランスへの旅」「どろぼうかささぎ」「カルメル会修道女の対話」等も含め多くの作品に出演し好評を得ている。日本オペラ協会には、「袈裟と盛遠」「美女と野獣」「天守物語」「春琴抄」「くさびら」等に出演している。
新国立劇場には、「軍人たち」「リゴレット」「オテロ」に出演。18年、開場20周年記念特別公演「アイーダ」ではアムネリスで急遽出演し高い評価を得た。また、びわ湖ホール「十字軍のロンバルディア人」「スティッフェリオ」、全国共同制作プロジェクト「フィガロの結婚~庭師は見た!~」等、多数出演するほか、NHKニューイヤーオペラコンサート、NHK-FMにも出演し、華やかな存在感と確立されたテクニックを持ち合わせた日本を代表するオペラ歌手として、幅広い活躍を見せている。
藤原歌劇団団員。洗足音楽大学非常勤講師。沖縄県出身。

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