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CiaOpera!

CiaOpera!(チャオペラ)Vol.50 相樂和子
Vol.50 -
相樂和子

「咲く」も「源氏物語」も。相樂和子氏が思いを込める、日本オペラ。

令和2年度に誕生した、新しい日本オペラ「咲く〜もう一度、生まれ変わるために〜」。現代的な物語、音楽であっても、根底に流れているメッセージは普遍的なもの。家族や友人のあたたかい交流や、人間と同じように葛藤し、家族と心を通わせようとする桜。オペラを通して、日本作品の魅力を伝えてきたい。原作「源氏物語」という作品を読み、役づくりを深く行い表現すべく、「源氏物語」ゆかりの地を巡る。幼い頃から親しんできた、日本語を歌うことへの思いや、イタリア留学での経験を胸に、美しい日本ものを歌い継いでいく存在へ。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第50弾は、2022年11月25日(金)・26日(土)に上演される、日本オペラ協会本公演「咲く〜もう一度、生まれ変わるために〜」と、2023年2月18日(土)・19日(日)の「源氏物語」に出演される相樂和子氏。幼少期から民謡など日本語で歌うことに親しんだ相樂氏の、両作品に対する思いや、イタリア留学時代のお話などを伺います。

新しいオペラで綴られるのは、ある家族の営みを通した普遍的な物語。

−今回は、令和2年度の「日本のオペラ作品をつくる〜オペラ創作人材育成事業」を通じて生まれた“新しい日本オペラ”「咲く〜もう一度、生まれ変わるために〜」ご出演される、相樂和子さんにお話を伺います。相樂さんは〈桜〉の役ですが、今の意気込みをお伺いしてもよろしいでしょうか。

はい。今回の新しい日本オペラは、物語や音楽も現代的で、今回「咲く」の一番の特徴は時代の流れだと思います。私が演じる〈桜〉とは、主人公である飯田聡子の家の庭に咲くソメイヨシノの桜の木のことなのですが、その飯田家の家族や友達のタローらが繰り広げる人間模様と共に、桜もある問題を抱えながら物語が始まります。挫折を乗り越え、温かく見守る家族との絆、そして聡子たちは新たなスタートに立ち、桜も家族と関わりながら自分の行く末を考える。新しいオペラではありますが、これまでのオペラ作品と同じように根底にあるのは、その時代を生きる観客の皆さま一人一人が物語のキャラクターに心を寄せていただける普遍的な物語だと思います。ですので、私はキャラクターや音楽、日本語の魅力をしっかりお伝えしたいです。

−〈桜〉とは、桜の木のことなのですね!

はい。私は、2020年に上演されたオペラ「紅天女」でも「1000年を生きる梅の木」のアンダースタディとして参加させていただのですが、この役と通じるところがあるかなと思っております。偶然にも近年は〈木〉にご縁がありますね(笑)。大地の力をエネルギーとして立ち、自然の姿、実体のない精霊の存在、そして世界そのもの。これをどう表現しようかと、今回も模索しています。

−“木の心”を表現する役が続いているのですか。難しそうですね。

確かに。1000年を生きる梅の木と違うのは、この桜は、人家の庭に植えてあるからなのか、人間味あふれる樹木だと感じます。心情を歌い上げるアリアもあります。桜って、日本のシンボル的な花で、満開の木下に立つと気持ちが盛り上がったり、「これから頑張ろう」と思えたり、ポジティブなイメージがありますよね。けれどこのオペラでは、その希望あふれる桜の咲くシーンが最後までほぼ出てこないのです。季節は夏、秋、冬、そして早春までのストーリーで、桜として咲き誇るのはほんの一時のみ。お客様にとってある意味では気になるポイントかと思います。

−咲いていない季節の桜!なかなか衝撃的ですね!どんな内容なのかかなり気になります。

そうなのです。咲くシーンはあまり出てこないけれど、皆様の心の中にはずっと咲いている、そんな存在を表現できたらと思います。主人公の一人、飯田聡子は、勝つことを目標に絶え間ない努力をしてきたアスリートですが、無理がたたり、とうとう足に疾患を抱えてしまい、これからどうしようかと考えざるを得なくなります。そして時を同じくして桜の木も、「てんぐ巣病」という病にかかってしまう。人間の怪我や病気、心の問題などは、人間同士である程度解決できるものだけれど、桜の木は人の手がないと自分の病気が治せない。悩み、葛藤し、自分の心を分かってくれる聡子の父の俊幸さんへ必死に語りかけもするのですが、思いが通じたり通じなかったり。桜自身も人の心をつかみきれないもどかしさがあり、そこをうまく伝えられればいいなと思います。
ひとつ、作詞・台本の宇吹萌さんに伺った言葉がありまして。桜が歌う「私は遠心」と始まるアリアがあるのですが、宇吹さんが「この“遠心”というのは、物理的な距離は遠く離れていても、近くにあってずっと通じている心のことです」と教えてくださいました。難しさはありますが、これが桜のキーワードな気がいたします。

相樂和子

−難しい表現への挑戦、楽しみにしています。作品全体についても、見どころを教えていただけますでしょうか?

この作品は、ライトモティーフのような、特定のキャラクターや状況などと結びつけられた、短く印象的な旋律がちりばめられておりまして、お客様も「あの音楽が演奏されているから、今こういう気持ちかな」「明るいことを言っているけど、心とは裏腹なのかな」と場面やキャラクターの心情を捉えやすいと思います。そして、自身の人生で経験された様々な想いを登場キャラクターに照らし合わせて、心通わせながら楽しんでいただけるのではと感じます。

−共感しやすい作品という点は、とても魅力的ですね。共演される皆さんについてもお話を伺えますか?

はい。今回は、過去に公演をご一緒したことのある方が多く、例えば飯田聡子役の長島由佳さんは、2021年「魅惑の美女はデスゴッデス!」の死神を務めました。長島さんは役づくりの段階からとても熱心で、その稽古の時も、本番の衣裳に近づけるようコルセットを、家から稽古場まで締めていらしていたのです。また今回も”聡子の役づくりのために”と仰って、音楽稽古の段階からTシャツとジーンズ姿でいらっしゃいました。私は長島さんの役柄にかける情熱にいつも共感し、今では自分の役づくりの際にも取り入れている、習慣の一つにしております。

−そうなのですか!例えば、〈桜〉ではどのように役づくりをされているのですか?

そうですね、樹木としての演奏、を意識しています。能楽の世阿弥の「花鏡」に「動十分心、動七分身」というものがあるのですが、心は十分に満たし、身体の動きは七分に収める。それにより余白ができ、お客様はその余白を補完する、つまり一人一人が思い思いの考えを持たれるそうです。樹木の想いはそれを眺める自分たち自身の中にあると考えておりますので、その教えが今の役作りに近いのではと思い稽古に臨んでいます。難しいですが(笑)

−確かに、レベルの高い教えを実践されているのですね。他のご出演者の皆さんはいかがですか?

黄木透さん、大塚雄太さんとは藤原歌劇団の男性ユニット「クアットロ・アリア」の活動にご一緒させていただいたことがあり、尊敬するお二人です。聡子の母・貴美子役の吉田郁恵さんとは初めての共演なのですが、とても気さくでやさしい方です。演技に入るととても厳しい「母」になり、稽古の度にアップデートされる演技はとても素晴らしく、ラストのアリアは毎回涙ながらに見入っております。指揮の平野桂子さんは、作品を深く読み込まれていて、私たちが気付く前に、どこにも書かれていない人物の気持ちなどを理解されているのです。台本をお書きになった宇吹さんにご確認すると、いつも「そうです」というお返事で。平野さんは音楽づくりの面でしっかり支えてくださり、とても心強いです。

−気心のしれた、心強い皆さんとの共演、必見ですね。楽しみにしています。

不朽の名作「源氏物語」を、各地を巡った思いをのせて伝えたい。

−もうひとつ、こちらは来年2023年2月の上演になりますが、日本オペラ協会による本公演「源氏物語」についてもお聞かせいただけますか?こちらは、三木稔氏作曲のオペラで、日本語上演・世界初演でもあります。

はい。こちらは、題材としてとても有名な作品ですし、皆さま思い思いのイメージをお持ちだと思います。今回私が演じるのは、〈紫上(むらさきのうえ)〉という女性。まだ幼い頃に光源氏がその美しさを見出し、大切に育てて、やがて正室に迎えるなど、生涯を通して愛される存在です。幼い頃から美しく成長を遂げた姿、その後、光源氏が流罪により須磨へ蟄居し、再会の末、最期を迎えるまでの過程を演じ分けることができたらと思います。光源氏も、慕っていた継母・藤壺との面影を重ね、紫上を愛するので、その美しさを表現できたらと思います。

−紫上といえば、光源氏にとって大きな存在ですよね。現代の私たちとは違う感覚も持っていて、演じるのは難しくありませんか?

現代と感覚が違う部分もあると思いますが、これだけロングセラーとして読み継がれている作品なので、どこか私たちの心を惹きつける物語でもあるのでしょう。実際、原作の恋愛の描写を読んでいても、「わかる、わかる」と思わず頷いてしまうシーンがたくさん出てきます。現代と異なるところは当時の所作や政治観、宗教観、生活感などでしょうか。その違う部分は、書籍や師匠から教えていただいたり、実際に自分でお箏や龍笛を奏でてみたり、着物で生活してみたりすることで輪郭を掴めるものがあるかなと思います。このオペラでは箏や龍笛を演奏するシーンがいくつか盛り込まれておりまして、明石の姫君は箏をかなり激しく弾くシーンがありますし、紫上の登場は当時としては珍しく龍笛を吹くシーンや手習いで箏を始めるシーンでは、手ほどきをしようとする光源氏と急接近し、恋が芽生えていくような展開もあります。

−歌や所作だけでなく、ご自身で箏の演奏シーンもあるのですね!しかも、ドキドキのシーンまで。これは見逃せませんね。音楽的な魅力についても、教えていただけますか?

私は三木稔先生の音楽が好きなのですが、どうしてかというと、日本語のイントネーションがそのまま音楽になっていると感じるからです。例えばこの作品の中に「雀の子が 逃げてしまったの」という歌詞があるのですが、実際に話す言葉の高低と、音律の高低が同じ様に配置されております。これがあるとないとでは、聴く際の歌詞の入ってきやすさもかなり違うと思います。

−聞きやすい美しさは、観る側にとってもありがたいですね。公演まではもう少し時間があると思いますが、こちらの共演者の皆さんについても少し伺えますか?もう共演されたことがある方が多いでしょうか、それとも初めての方が多いですか?

源氏物語で共演の皆さまは、ほとんど「紅天女」や他公演でお顔を合わせた方で安心感があります。光源氏の岡昭宏さん、明石の姫の長島由佳さん、葵上の丹呉由利子さん、頭中将の海道弘昭さん、以前、「魅惑の美女はデスゴッデス!」でご一緒した山田大智さんは桐壺帝。明石入道の江原啓之さん、惟光の和下田大典さん。素晴らしい歌い手の皆さまといいチームワークを築いていければと思います。

−それは、安心です。楽しみですね!

本当に楽しみにしております!実は、秋の初めの頃「咲く」の稽古期間中にちょっと長めのお休みがありましたので、この際だからと、関西地方へ「源氏物語」ゆかりの地を訪ねる一人旅をしてきました。

−そうでしたか!本作へも、さすがの熱意を感じます。具体的にはどんなところに行かれたのですか?

光源氏が都から遠ざかり隠棲した須磨、そこから物語が動く明石へ。さらに京都へ行き、宇治市源氏物語ミュージアム、風俗博物館、光源氏が紫上と出会う前の私も大好きな帖、夕顔之墳。著者・紫式部の墓所やゆかりの廬山寺や雲林院、「源氏物語」が執筆されたところといわれている滋賀大津は石山寺にも足を伸ばしました。他にも、今回のオペラ「源氏物語」の舞台では取り上げられていない高砂やオペラ「天守物語」の舞台となった世界文化遺産の姫路城、平安時代の歌人達に愛された布引の滝やオペラ「咲く」にも出てくる伏見稲荷大社の頂上。朝から晩まで思うままにいろいろな所を巡り、毎日足が棒のようになりましたが、とても得るものの多い旅でした。特に感慨深かったのは、須磨の浦。近くでは現代的な建物の開発が進む中、浦の景色は原作にもあるように弓状に連なる浜があり、山があり、光源氏にゆかりある現光寺もあり。日の暮れる頃に須磨の浦から京の方角を眺めて、「都に残してきた紫上はどうしているだろうと考えて、悲しい気持ちに浸っていたんだろうな」「光源氏も同じ月を眺めていたのかしら」と、須磨の帖を追体験できたように感じました。

光源氏古跡明石之浦濱之松(明石市戒光院)

紫式部墓所

−それは、なんとも濃厚な源氏物語旅行でしたね。きっと舞台に生きてくることと思います。

生きるといいなと思います。「咲く」に続いて、こちらもぜひご覧いただきたい作品です!

美しい日本ものを歌い継いでいくことへの、強い思い。

−相樂さんは、イタリアなどヨーロッパのオペラも歌われていますが、特に日本歌曲や日本オペラなど、日本の作品を精力的に歌われている印象があります。歌い始めたきっかけなどはありますか?

2016年2月に新国立歌劇場の中劇場で観た「天守物語」が、きっかけといえると思います。初めて観劇に行った日本オペラ協会の公演でしたが、その時〈桃六〉という役で出演されていた大賀寛先生の、日本語での歌唱が本当に素晴らしくて。まず、桃六が出てきて大きな獅子の顔に槌を振るおうとするのですが、そこからして惹きつけられました。私の出身の福島県石川町というところは、獅子の石像、つまり狛犬づくりが昔盛んだった土地で、その時はなにかに導かれたような思いになりました。そして、大賀先生の歌です。喉のツゥっとしたところを通って鳴り響くような発語で、「これが時代を越える日本の歌だ!」と深く感動しました。それから追いかけるように日本オペラ振興会のオペラ歌手育成部に入所するも、残念ながら2017年に大賀先生は鬼籍に入られ、先生から教えを賜ることは叶いませんでしたが、先生の歌のように目の前に歴史や時代背景が広がる演奏を歌い継いでいきたいと心を固めたほど、今でも鮮明に記憶に残る体験でした。

−強い印象を受けた体験だったのですね。

日本語の持つ力のなかで、一番好きなところはその「ニュアンス」です。例えば愛情を表現するにも、「大好き」「愛している」と声を大にして言うというよりは、何気ない言葉の端や言葉と言葉のほんの一寸の間に心を通わせ合うという、そういった感覚が美しいと感じます。

−ヨーロッパと日本の、心の表現の違いかもしれませんね。言語的な違いは感じますか?

言葉は違いますが、歌う上で意識する点などは、外国語も日本語も実はあまり変わらずベルカントが基礎にあるのかなと思います。私は物心つく前の2歳から民謡に通わせていただいたので、日本語を歌うことに関しては特に馴染みが深く、思い入れがあるのです。

−そうなのですか!民謡が最初だったのですね!

はい。きっかけは、祖母でした。私の両親は、学校の先生で遅くまで仕事があり、祖父も畑仕事に出ていたので、家に子供だけを残せないと祖母が民謡教室に連れて行ってくれました。すると教室に通っていたお爺さんお婆さんたちが小さい私をお世話してくださり、そのうち私もまざって歌うようになったのです。小学校に上がると合唱クラブに入り、中学校でも合唱部に入り、いろいろな舞台に立たせていただく中で、「私はやっぱり歌が好きだ、歌で生きていこう」と中学の卒業文集に書いたりもしました。「オペラ歌手になりたい」という夢も、4歳の頃からでしたね。(笑)

−歌うこと全般に、幼い頃から強く惹きつけられていたのですね。実際に、オペラの道へ踏み出したのはいつ頃なのですか?

高校2年生のときでした。当時ピアノを教えていただいた円谷恵子先生から、国立音楽大学のご出身で声楽を教えている阪路尚枝先生をご紹介いただきました。阪路先生はすぐに「国音の夏期講習を受けてみない?」と勧めてくださいまして、その年の講習に参加して出会ったのが、今の師匠の下原千恵子先生です。その後、国立音楽大学に進学しましたが、はじめは思うように歌えませんでした。3年に上がる春頃から、ちょっとコツを掴んできたかなと思えるようになり、下原先生のご指導の内容がだんだんと理解出来るようになってくると、成績も上がりだしました。そのまま大学院へ進み、日本オペラ振興会の育成部へ。藤原歌劇団団員でもある下原先生の勧めもあっての進路でしたが、先生は、日本オペラ振興会の雰囲気と、日本オペラ協会があることが私に合っていると見通されてアドバイスしてくださったのだと思います。

−そのお勧めに従って、間違いなかったですね。

本当ですね。日本の作品は学生時代も力を入れていて、花岡千春先生という素晴らしいピアノの先生にも「僕の生徒の歌もやってほしい」とずっと授業に呼んでいただいたことなども、すごく楽しい思い出です。

−日本作品への強い思いをお持ちの一方で、イタリアへも留学されていましたね。

はい。2019年度は「日本オペラ振興会研究生奨学金」のご助力をいただき、イタリアのミラノへ6ヶ月の留学の際に、バルバラ・フリットリ先生にレッスンをつけていただくことができました。たまたま知り合ったばかりの方から「先生のマスタークラスにいけなくなったから、代わりに行かない?」とお声をかけていただいたご縁で、その後もレッスンを受けられることに。先生はやさしく、素晴らしいお人柄の方でした。そこでは先生のレパートリーでもある「トゥーランドット」のリューや「フィガロの結婚」の伯爵夫人の音楽や役づくりを丁寧に指導していただきました。2020年度は「さわかみオペラ芸術振興財団海外助成金」をいただき、今度はマルケ州オージモという山に沿って築かれた田舎町で、長くきつい急勾配のかかる坂の頂上にある学校に通っておりました。そこでは以前昭和音楽大学にもいらしていたアレッサンドロ・ベニーニ先生や、カルロ・モルガンティ先生というロッシー二・アカデミーで長らくコレペティトゥアを務められていた先生方が教鞭をふるっておられます。また一流の歌手ライナ・カヴァイバンスカ先生やエルネスト・パラシオ先生、アラ・シモーニ先生、他にも演出や語学の先生、マスタークラスも月に二人ほど招聘されて、毎日朝から晩までレッスン漬けで充実しておりました。3月からはコロナが猛威を振るい始めましたが、7月からは徐々に規制も緩和され、秘書から「コンサートがあるから行くわよ」と言われ、小さなバンに7人ほどが詰め込まれて各地を巡りながら7、8つ本番を重ねておりました。ほとんどが野外の小さな会場コンサートで、お客様もわずか、帰宅の頃には深夜2時を回るのはあたりまえで、いつも身体はくたくたでしたが、お客様の前でそして本場イタリアでイタリア語の演奏ができたことの喜びで心はとても満たされておりました。オージモではその年の1月から12月、そして今年も1月から6月まで通い、またいくつかコンサートの機会をいただきました。それから無事にディプロマを取得し、帰国直前には何か賞を取らねばと、すでに申込期限を過ぎていた国際コンクールに飛び込み、なんとか入賞することも出来ました。

ディプロマ後のアカデミー生

−思いのほか、コロナ禍にあってもイタリアの音楽シーンは活発だったのですね!けれど、日々の生活では制約もあったりして、大変だったのではないですか?

コロナ禍中は修道院に滞在し、日々目まぐるしく過ごしておりました。楽しい思い出としては、ときどき凝った料理をして、ロシアやジョルジアのルームシェア仲間や友人に振る舞っていましたね。ウサギの姿がうっすら見える肉を買ってきて、ウサギ肉のボロネーゼソースを作り、パッパルデッレと呼ばれる、きしめんより少し幅広のパスタと絡めました。ウサギは美味しかったですね(笑)。

ウサギのパッパルデッレ

−ウサギですか!人間模様も、食べ物も、変化に富んだご経験をされてきたのですね。貴重なお話、ありがとうございました。

<聞いてみタイム♪>

アーティスト・相樂和子さんに、ちょっと聞いてみたいこと。

−さて、「聞いてみタイム♪」のコーナーです。今回も、事前にいくつかご用意した質問を、相樂さんにお答えいただきたいと思います。

1. もう亡くなった音楽家で、一人だけ復活させられるなら誰を選びますか?理由と合わせて教えてください。

大賀寛先生です!日本語で歌うコツを教えていただきたい!マリア・カラスもちょっと悩みますが、でも1人と言われたらやはり…!

−やはり、日本語の歌唱を教えていただきたいという思いが強いのですね。

はい、そうですね!あの、何と言ったらいいのか、常磐津のようでもあり、時代が蘇るような素晴らしい歌い方をぜひとも、と思います。

−お気持ち、とても伝わります。ありがとうございます。

 

2. あなたにとって、家族って何ですか?

私にとって、家族というものは正直なところあまりいい思いはしてこなかったと感じております。けれど、祖母の背負う籠に入って畑へ行ったことや耕耘機を運転する祖父の隣や荷台に乗りこみ、畑に行ったことは良い思い出です。今まで支えていただいた家族があって演奏できておりますし、幼い頃から様々な感情を育むことになった家族との縁をとても感謝しております。

−ひと言では言い表せない想いのある存在なのですね。「咲く」の家族像にも、感じるところはありますか?

飯田家は、私の目にはやさしく温かい家族に映ります。いろいろな家族の在り方がありますが、自分の家族を通して考えると、「厳しく育ててくださり、本当にありがとう」とも思います。

−ありがとうございます。

 

3. 一番の成功体験って、何ですか?結果、どう変わりましたか?

一番の成功体験は、「紅天女」のアンダースタディのときに、楽譜を読み込んだことでしょうか。結果、周りの皆さまが知ってくださり、総監督である郡愛子先生も評価してくださって、次のオペラにタイトルロールとして呼んでいただけたことが、努力して報われたことと思います。

-この先どのような歌い手を目指していきたいですか?

40年、50年先も歌い続けて、「日本物といえば」と思っていただけるような歌い手を目指したいと思います。そのためには、演奏技術の向上はもちろん、「記紀神話」をはじめ日本の歴史に精通し、歌舞音曲、作法、文学、日本芸術文化などをちゃんと身につけた上で日本オペラの舞台に立つ歌い手になりたいです。高い目標ですが(笑)。

-その未来は見えている気がします。応援しています。お話、ありがとうございました。

2021年 日本オペラ振興会設立40周年記念
日本オペラ協会公演「魅惑の美女はデスゴッデス!(死神)」のタイトルロール(中央)

PROFILE:Soprano 相樂和子

相樂和子

 国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。卒業時に武岡賞、修了時に最優秀賞を受賞。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第37期生修了。育成部入所時に、立石信雄研究生奨学金を授与される。19年度第4回日本オペラ振興会立石信雄海外研修奨学生、20年度さわかみオペラ芸術振興財団として、19年よりイタリア・ミラノに留学。オージモ市立オペラアカデミーで研鑽を積む。第29回奏楽堂日本歌曲コンクール歌唱部門第3位。下原千恵子、B・フリットリの各氏に師事。
 16年国立音楽大学大学院オペラ公演「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・アンナでデビュー。18年オペラ歌手育成部修了公演「フィガロの結婚」の伯爵夫人で好評を得ている。
 日本オペラ協会には、20年「紅天女」タイトルロールのアンダースタディーを経て、21年「魅惑の美女はデスゴッデス!(死神)」のタイトルロールでデビューし、高い評価を得た。23年2月、同協会公演「源氏物語」紫上で出演を予定している。
留学中、イタリアにて多数コンサートに出演するなど、今後の活躍が注目されている新進ソプラノ。
 日本オペラ協会会員。藤原歌劇団団員。福島県出身。

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